今も残る「茶の湯」という文化。
戦国時代は、流行の最たるものだったようです。
その理由として何が考えられるでしょうか?

茶の湯Night ☆

出典:茶の湯Night

戦国時代茶の湯が流行った理由!

流行った理由としてどんなものがあったのでしょう?

ちょっと考えてみてください!

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ストレス解消!

現代の平和な日本に比べて、生きるか死ぬかの
サバイバルな戦国時代。
信じられるのは己のみ。
とにかくヤラなければヤラれる。
そういう殺伐とした時代だったと思います。

そんな環境の中で生き抜く信長公たちですから、
そりゃあかなりのストレスを感じていたと
軽く想像出来ます。

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出典:http://karapaia.com/

その耐え難いストレスを解消する方法として
茶の湯が用いられたのではないでしょうか。

茶の湯に集中することで、己の精神状態を
担保していたのではないでしょうか?
ましてや、天下布武を唱えていた織田信長公ですから
とてつもなく大きな宿命を背負って
生きておられたのでしょう。

その大きすぎる宿命の重さを癒やすには
それに見合った茶器が必要だったのでしょう。

織田信長公は名茶器コレクター

実際織田長公は、かなりの名茶器コレクター
だったようです。(茶器の価値を高め、
政治に大いに利用もしていました)

その幾つかをご紹介いたしましょう。

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「九十九髪茄子」(つくもかみなす)

出典:http://www.seikado.or.jp/

元は室町幕府3代将軍足利義満公の持ち物だったのですが、
巡り巡って織田信長公の手に入ったようです。

室町幕府8代将軍足利義政公のとき、九十九貫(現在1485万円諸説あり)で取引されています。

 

凄い価値観の違い。戦国時代では、相当なお値打ちがついていたのですね!

さらに1485万円もかなりお高いですが、戦国武将の松永久秀公が手に入れた時には1000貫(1億5000万)!!まで値が張り上がっています!なんという!!!

さすが天下三茄子の一つ。キングオブ茶入れ!

百から一を引いて九十九といい、
百引く一=白で九十九髪=白髪
と言うそうです。言葉遊びですね。

もう一つ、ご紹介しておきましょう!

「初花肩衝」(はつはなかたつき)

初花肩衝

由来は楊貴妃に遡ると言われる伝説の茶入れです。

 

作られたのは、中国で、時代は南宋またはのあたりのようです。

現在から数えると700年前くらいのものですね!歴史を感じます!

 

「初花」という名前は、銀閣寺を建てたことで知られる室町幕府8代将軍足利義政公が名付けたと言われています。

なんとも初々しい感じが致します!

織田信長公は「初花」を名物狩りによって手に入れ、やがて家督とともに息子の織田信忠公に譲っています。そのまま受け継いで行ってほしかったのでしょうか?

ちょっと茶器の肩の部分が水平になっているところから「肩衝」と言います。

丸いシルエットの茄子に比べて
角ばったところがあるのが特徴的ですね!

このような名器を扱えなければ当時一流と
いえませんでした。

織田信長公は、正に天下一の戦国武将に
成り上がっていくのです。

 

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