戦国時代における甲斐系の馬とはどんな馬だったのでしょう?

武田騎馬隊で使用された馬

有名なところでいくと、武田家の騎馬隊が有名ですね。

武田騎馬隊が使用していた馬といえば、
甲斐黒駒の伝説からみれるように駿馬が揃っていました!
聖徳太子時代、甲斐から中央政権に贈り届けていたようです

躑躅ヶ崎の館跡から出土された骨から推測するに
体高115センチから125センチ程度の小柄な馬だったようです。

しかしながら、時速40キロ位で駆け抜けられ、
馬力もあり、鎧をまとった武将を背負える所をみると
戦国の世には重宝されたと言うわけです。

鬼鹿毛

武田信玄公の父、武田信虎公が所有した(鬼鹿毛)は148センチとも言われさらに小さい馬です。

武田信玄公はこの馬を所望しますが、武田信虎公に断られます!

これもあって、後に「黒雲」を手に入れたのでしょう!

 

「残月」

真田幸村公が所有していました!

大阪の陣で徳川家康公を後一歩の所まで追い詰めて叶わなかった夢!

真田幸村公大阪に散る!!!

「悲しいが、カッコイイ!!!!」

「名前も寂しげだが、風流!」

蘆毛馬

高遠城で散る仁義の猛将!武田信玄公5男「仁科盛信公」所有!

大鹿毛

武田家最後の当主、武田勝頼公所有!

 

そして極めつけは武田家絶頂期の信玄公所有の

黒雲

非常に気性の荒い馬で、武田信玄公以外の者は
乗りこなせなかったといいます。
何人もいた影武者も黒雲には乗れなかったようです。

「どんだけ~」

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その他甲斐系の名馬「百段」

居城、金山城の石段百段の石垣を駆け上ったことからその名がついた
「鬼武蔵」こと森長可公所有の「百段」等が有名ですね!

 

このように見ていくと馬とともに時代が流れていったのだなと
見れますね!

 

 

甲斐の黒駒永遠に!

 

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