大山綱良って知っていますか?

大河ドラマ「西郷どん」では、北村有起哉さんが演じますね!

Oyama Tsunayoshi.jpg

引用:Wikipedia

大山綱良は大きく2つの特徴を持っています。

1、薬丸自顕流のかなりの使い手。薩摩藩でNO1。

2,初代鹿児島県令(現在の知事)を務め、西南戦争に加担し斬首される。

おおっ。なんか強そうでリーダー格だったのかなって感じがしますね。

実際のところはどうだったのでしょうか?

それでは今回は、そんな大山綱良さんにスポットを当てて見ていきたいと思います!

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大山綱良基本情報

1825年12月15日 樺山善助の次男として鹿児島に産まれる。幼名熊五郎。
1849年12月26日 大山四郎助の養子になる。
1862年5月21日 寺田屋事件で上意討ち。
1868年 戊辰戦争、奥羽鎮撫総督府の下参謀となる
1871年11月14日 鹿児島県令就任
1873年 私学校への援助
1877年 西南戦争で官金を使い西郷を援助
1877年3月21日 東京で斬首

「剣の道を極めた大山は寺田屋事件で上意討ちの中心的役割を果たし、戊辰戦争にて参謀、そして明治時代には

鹿児島県令として西郷どんを助け、最後は新政府によって斬首されます。」

 

53年の生涯でしたが、結構密度の濃い人生だったと思います。

 

今回戊辰戦争までと、明治の鹿児島県令時代と2つの時代に分けて主なエピソードを交えながら、大山綱良を私なりに紐解いて見ます。

 

剣の達人

大山綱良は、薬丸自顕流の高弟中の高弟

(薬丸自顕流には免許皆伝制度がなく、高弟中の高弟という言い方がそれに値しました。大山綱良の他3人いました)

薬丸自顕流とは?ここで簡単に特徴をご説明しますと

薬丸自顕流特徴

1、純粋に攻めの剣防御のための技は一切無い潔い!

2,神速の剣抜いた瞬間に斬る剣。抜いたら斬り殺すまで斬り続ける。凄まじい破壊力電光石火!

3,精神「一の太刀を疑わず、二の太刀は負け男らしい!

4,打ち込みの際の発する声(きえーー)を「猿叫」という。ちょっと怖い!

5,姿勢は、八相の構えから剣を天に突き上げ、腰を低く落とした「蜻蛉」の姿勢を基本とした。常に先制攻撃!

八相の構え⬇

引用:Wikipedia

なかなか凄まじい剣術ですね!

さらにこんな動画も面白いかもです⬇

その中でも、大山綱良の得意としたものは何だったのでしょうか?

大山綱良の極意

大山は、口伝(奥義)である「小太刀」を極めていたようです。

飛鳥のように敵に飛びかかり、打ち倒したと言われています。

身軽だったのでしょう!

直心影流師範代との立会

江戸にて刀を使った大道芸を見ていた大山綱良は、直心影流の長沼笑兵衛にその手練を見抜かれます。(見抜いた方も凄いですが)

そこで、道場に招かれた大山は、直心影流師範代と立ち会うことになりました。

防具をつけた師範代に対して、大山綱良は、防具なし。凄い自信が伺えますね。

勝負は一瞬。立ち会い後一撃で師範代を打ち倒しました。つ、強い!

神道無念流塾頭との試合

西郷隆盛が水戸藩の藤田東湖に「大山は剣の達人」と紹介したことから、神道無念流、齋藤弥九郎道場の塾頭と試合が組まれることになりました。(神道無念流といえば、桂小五郎が学んだ流派がそうですね。力の剣法で有名でした)

この試合も防具なしで武器は極めた小太刀。相手は防具と竹刀。

お互い力の剣同志。面白い試合になるか!

しかし試合はあっけなく終わります。

立ち上がるやいなやまたしても大山綱良は一撃で打ち倒してしまうのでした。つ強すぎる

槍術の達人有村俊齋との試合

鹿児島で道場破りを次々と行い、無敵を誇った槍術の達人有村俊齋(海江田信義)。

道場破りの最後に薬丸家にやってきました。

ここで相手になったのが、大山綱良でした。

相手が槍術だとしても全く変わりない。大山は勝利します。

さらに3年後。修行を積んだ有村は再戦を申し込みます。が、またしても大山の勝利歯が立ちません

有村は観念して薬丸家に入門しました。大山綱良恐るべし!

とにかく強い!

さらに、その強さは、政治にも使われていきます。

薩摩藩の尊王攘夷派を討たせた寺田屋事件です。

寺田屋事件での大山綱良の活躍とは?

寺田屋事件とは、簡単に言えば、「尊皇攘夷派(天皇を中心とし、外国を排除する国家を目指した)の過激派薩摩藩士と、それを薩摩藩の藩主の父、島津久光の命令で説得に行った薩摩藩士との壮絶な同士討ち」のことです。

大山綱良は、久光の命令で過激派薩摩藩士を説得に行く側の人でした。

寺田屋では、薬丸自顕流の同門、弟子丸龍助を刺殺します。

悲しき同士討ち。ここでも剣の強さは光っていました。

その後、時代は流れ、戊辰戦争です。

大山綱吉は、奥羽鎮撫総督府の下参謀に任命されます。

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戊辰戦争での大山綱良

個人の剣術では相当の腕前でしたが、大人数の戦争になっては余り良い結果を残せていません。

奥羽鎮撫総督府の下参謀として、庄内藩(現在の山県県)との戦いには連戦連敗。不甲斐ない結果しか残せませんでした。

天は二物を与えなかったのでしょうかね?

しかし、そんな大山は新政府より賞典禄(要するに褒美)を貰っています。ちょっとなぞですね。

廃藩置県後初代鹿児島県令になる

本来は、出身藩の県令は認められなかったのですが、国父久光の意向と、鹿児島をおさめられるのは鹿児島出身者でなければ難しい、という理由から、鹿児島出身の大山綱良が抜擢されたのでした

確かに、癖がある人が多そうですし、強い人でなければ納得しなそうですし、、。

そしてその後、大山綱良は、鹿児島県令として、西郷隆盛のために最後まで働き続けることになります。

征韓論で破れた西郷隆盛を助ける

征韓論で敗れて下野した西郷隆盛を県令の大山綱良は全力で助けます。

寺田屋事件で結果的に西郷隆盛の親友たちを死に追いやったことに負い目を感じて

具体的には、西郷が私学校を設立しようとした時大いに援助をし、私学校出身の生徒を県の役人に取り立てたりしました。(新政府に対して税金を払っていませんでしたので、それを資金源としたのでしょう。)

既に、この頃新政府からは目をつけられていました。当然ですよね。言うことを利かない悪ガキ状態です。

西南戦争でも更に援助する

日本の端っこでさながら独立国家的に存在していた鹿児島県ですが、鹿児島の元武士たちの新政府へ対しての不満が溜まりに溜まって爆発します。

西郷隆盛を大将とする鹿児島の若者プラスサポート部隊の大山綱良達対、押さえつけようとする新政府軍との戦いが勃発します。西南戦争です。

結果は、西郷隆盛の自害により新政府軍の勝利と終わります。

大山綱良の最期

 

大山綱良は必然的に、政府のお金を勝手に使ったことについて罪を負わされます。

中央集権国家を目指す政府は、相当にこの言うことを利かない鹿児島県の政治のトップに腹を立てていたのでしょう。

大山綱良は東京にて斬首されます、、、。

 

まとめ

剣の達人大山綱良は、鹿児島県令になってからは、西郷隆盛のために生き、そして死んでいきました。

男の生きざまとして、潔いと思いました。

ありがとう、大山綱良!

あなたを忘れない。

おまけ。過去の大河ドラマで大山綱良を演じた人達

過去の大河では誰が演じていたのでしょうか?

「田原坂」→丹波哲郎  渋い!

「翔ぶが如く」→蟹江敬三  個性派!

「篤姫」→俊藤光利  サラブレット!

「八重の桜」→村上新悟  大河の常連!

味のある演者が多いようですね!

 

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