歴史が好きなサラリーマン、南昌幸です。

こんにちは!

今回は、江戸時代幕末に活躍した、泣く子も黙る、新撰組局長、近藤勇が愛用していた刀、

長曽禰虎徹(ながそねこてつ)」について見てみたいと思います。

 

何故そう思ったのかといいますと、

このごろ、「剣豪」とか「名刀」とか聞くと、理由なく、血が騒いでしまうんです。

そして気になってしまうんですね。

これはどうしようもない笑

 

日本の歴史に名を刻んだ、近藤勇が愛用していた刀の事を知ると、

当時の世界が少し垣間見れて面白いのではないかと思います。

 

行ってみましょう!

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近藤勇とは?

まずはサラッと持ち主である、近藤勇について簡単に触れておきましょう。

江戸時代末期の武士です。

近藤勇

引用:Wikipedia

目が鋭く、凛々しすぎます!武士って感じしますね。

あの、腰に身につけているのが、「長曾禰虎徹」なんですね。

生まれは武蔵野多摩(現在の調布市)の百姓の家に生まれました。

剣術は天然理心流で目録を持っています。

実力は折り紙付きですね。

 

その後、京都の治安維持のための浪士組が結成され、そこに近藤は参加します。

その浪士組は新撰組となり、歴史の表舞台に躍り出ていくわけです。

剣士たちの集まりの新撰組は、剣の腕でその存在を世の中に知らしめていき、

近藤はその局長として、有名になっていくのです。

虎徹の活躍がここで見れるのです。

 

特に象徴的な事件として「池田屋事件」があります。

長州藩士や土佐藩士達尊皇攘夷志士が、京都御所焼き討ち、一橋慶喜暗殺の計画を画策しているところを、

近藤勇たち新撰組が発見し襲撃し、計画を未然に防いだ事件です。

 

近藤が言った言葉に「今宵の虎徹は血に飢えている」っていうのは決め台詞として有名です。

この夜は、虎徹もたくさんの血を吸い、お腹いっぱいになったのではないでしょうかね。

 

さらに、養父に送った手紙の中に、「虎徹だったから無事だった」という内容を書いています。

近藤勇と虎徹はとっても相性良かったのでしょう。

まさに守り神ですね。

 

そんな切れ味バツグン、お守りのごとく効果を発揮していくれる虎徹ですが

どんな人が作っていたのでしょうか?

虎徹を作った人

佐和山城

長曾禰興里(ながそねおきさと)という、近江(滋賀県)佐和山に生まれた男によって作られました。

幼年時、関ヶ原の戦いがあり、石田三成の居城佐和山城が落城し、金沢に逃れて甲冑作りに励んでいました。

佐和山といえば、石田三成、そしてその後彦根城が建てられ、彦根井伊家が始まる地でもあります。

 

その後、泰平の世になり、甲冑が必要なくなり、仕事を求めて50歳の頃日本の中心、武士の町江戸へ

需要を求めて移り、刀鍛冶へと転職しました。

 

今までの技術をいかせる刀鍛冶、良い選択ですね。

 

師匠は、和泉守兼重(宮本武蔵の刀を作った人)でした。

そこから虎徹の刀鍛冶人生がはじまるのです。

虎徹という名前について

はじめは、古い鉄を溶かして刀を作る、から古鉄と名乗っていましたが、

きっと、もっとかっこいい名前を求めたのでしょうね。

中国の故事から取って「虎徹」という名前(入道名(刀鍛冶職人としての名前))を

名乗るようになりました。

 

虎徹とは?中国の武将が虎と思って矢を放ったら、それが実は石で、矢が石にかなり食い込んでいました。

転じて、一心不乱に努力すれば、石をも徹する事が出来るっていう意味。

なかなか良い意味を持っていますね。

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商売繁盛

長曾禰虎徹は運も良いと思います。

江戸で明暦の大火という大火事があり、刀が一気に燃え尽来たのです。

よって、新しい刀の需要が爆発的に増え、ココに長曾根興里の刀が売れに売れ、

世間に広まっていったのでした。

すごいタイミングですね。

 

近藤の他にはどんな人が使っていた?

勝海舟

上流階級の人達が主に使っていました。

江戸の大老や、井伊直弼(彦根つながり?)、尾張徳川家、勝海舟等、セレブの人達ですね。

 

しかし、ゆえに人気があり、偽物も多く出回ってしまいました。

 

いつの世も、オコボレを狙うという人達がいるものですね。

 

どこで作っていました?

上野寛永寺あたりで作っていたようです。

その後の上野戦争でも使われたのかもしれませんね。

20年弱位の期間で、150振り程作成したようです。

この150本ってかなり貴重ってことですね。

うわーーー

そのうち5振りは重要文化財に指定されています。

すごい!

虎徹はどんな刀?

 

最大の特徴は、切れ味が抜群に良く、しかも強度がありました。

石を斬ったり、兜を斬ったり、人の胴体4つ斬ったものなども現存し、

最上大業物(日本刀最上級品)の虎徹もありました。

池田屋で近藤が活躍できた理由が見えました!

 

欠点としては、鉄が明るく冴えているのですが、反りが浅く、見栄えが良くないとする

見方もあります。

結論、実戦向きの剣だって言うことでしょう。

 

最後に

今回、虎徹について見てみました。

切れ味抜群で、実戦向きの刀だったようですね。

名前もカッコよく憧れます。

でも人を斬るための剣って、ちょっと怖かったりします。

虎徹によって亡くなった方たちに、ご冥福をお祈りいたします。