キエーーーー!!!!!!!!!!

この掛け声で斬りこむのは、示現流の特徴です。

チェスト!!!!!!!!

って表現することもあります。

★「示現流」、「チェスト」の記事も書いていますので、よろしければ見てみてください。

示現流のチェストとは?薩摩最強剣術!川崎宗則との関係は?

桐野利秋(中村半次郎)の生涯!西郷隆盛を守った壮絶な最期とは?

 

そんな示現流はじめ、

戦国時代には、様々な流派の剣豪たちが現れましたが、

 

その中でも誰が最強の剣豪なのか?

 

今回はベスト10人を選出、ランキングし、最強を選出してみました!

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最強剣豪の条件

最強剣豪の条件5つ

1,武器の強さや有名度・・愛用していた剣や槍の力

2,奥義、秘技、得意技・・奥義と呼ばれる秘技の凄さ

3,戦績、決闘の結果・・どれだけの結果を残したか

4,弟子の強さや、影響力・・伝えた者への影響力、指導力

以上の条件を算出してランキングしてみました!

それでは、戦国時代の最強剣豪ランキング行ってみましょう!

戦国最強剣豪ランキングベスト10

まず10位から!

 

第10位 巌流 佐々木小次郎(ささきこじろう)

佐々木小次郎

引用:Wikipedia

 

秘剣「燕返し」を持つ、岩流の創始者です。

 

師匠は中条流、富田勢源。

 

富田勢源の稽古相手を務めるうちに、長い太刀の秘術を会得したようです。

相当密度の濃い稽古だったのでしょうね。

 

燕返しは、打ち下ろした太刀を反転させて、斜めに切り上げる剣法。

一乗谷の滝に飛び交う燕が由来だといいます。

かっこいい名前ですね!

 

富田勢源の弟と対決し、見事勝利した小次郎は、武者修行に出ます。

その武者修行は、全勝だったといいます。お強いです!

 

そんな西国一の剣豪、佐々木小次郎の噂を聞き、小倉藩主、細川忠興は、剣術師範として雇いました。

 

 

愛刀は、備前長光作・「物干し竿」で、3尺余(1.5M)の長さの白刃です。

 

さらなる強さを目指して、佐々木小次郎は、宮本武蔵に決闘を申し込みます。

 

巌流島での決闘では、「物干し竿」にて挑みましたが、

武蔵の木刀2刀流の前に敗れ命を落としてしまいます。

二刀流武蔵、恐るべし。

 

 

一説には小次郎はすでに高齢で、若く勢いがある武蔵に圧倒された

のではとも言われています。

 

武蔵にはかないませんでしたが、歴史に名を残しました!

 

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

第9位 新陰流、タイ捨流 丸目蔵人佐長恵(まるめくらんどのすけながよし)

丸目蔵人佐長恵

引用:Wikipedia

 

丸目は、新陰流、上泉信綱の4人の高弟(四天王)の一人。

将軍義輝の御前で師の上泉と共に兵法を見せ、感嘆した将軍から感状をもらうほどでした。

剣豪将軍のお墨付きってなかなかすごいですね!

 

さらに、上泉からは、「殺人刀太刀(人を殺す剣)」、「活人剣太刀(人を活かす剣)」の免許

皆伝を上泉から受けています。

剣の道は奥深いです!

 

 

後、熊本の相良氏の元で、剣術指南を行っていましたが、島津家久が攻めてきた時に、

丸目は家久の策にのせられた事がきっかけで、相良氏は大敗してしまいました。

軍師としての才能は無かったようです。

 

負けた責任を全て押し付けられた丸目は、剣術修行一本で行くことを決めます。

その憂さ晴らしを九州の他流兵法をなぎ倒して、剣の強さは証明されました。

 

上泉から丸目は新陰流の九州方面への教授を頼まれます。

よし!ってことで丸目は気張り、新たな太刀を学ぶため、上泉に会いに行きます。

しかし、すでに上泉が死亡した後でした。ああっ、、、。

 

丸目はかなり落胆し、目の前が真っ暗になりました。

どうすればいいのだろう?

悩みに悩んだ末に、自ら更に鍛錬を繰り返し、新しい剣術を編み出すことに成功します。

 

その名も「タイ捨流」。

タイって言っても外国のタイとは関係ありません。

 

体」も「待」つも「対」峙も捨てる、っていう意味です。

全て音読みでは「タイ」ですね。

色々捨てることで、雑念が消え、一つ一つの言葉にとらわれない自在の剣になるのです。

 

 

この流派が九州に一気に広まります。

九州の戦国武将達もこのタイ捨流を会得する人がでてくるほどでした。

立花宗茂鍋島直正といった優秀な武将たちも門人となりました。

宮本武蔵にもタイ捨流の二刀流を伝授したとか!

 

影響力は抜群ですね!

九州での実績が抜群の丸目でした!

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

第8位 神夢想林崎流居合 林崎甚助重信(はやしざきじんすけしげのぶ)

林崎重信

引用:http://emonok.blog.fc2.com/blog-entry-17.html?sp

父上の仇をとる!!

と、林崎の人生は、全てはそこから始まりました。

強くなりたい!」との一心で林崎は

山形楯岡城の武芸師範、東根刑部太夫の元、メキメキ実力をつけていきました。

仇討のため、さとられないように、抜刀術を極めていくことになります。

 

そして、ある満願の暁に、林明神から秘術、卍抜を授けられるのです。

すごい、秘術がおりてくるなんて、相当の稽古があったか、選ばれし人だったか

両方でしょう。

 

その後、林崎は仇討を見事成功させました

そのために生きてきたといえるので、これはかなり嬉しかったでしょう。やったぜ!

秘術と稽古の結果ですね!

 

その後、諸国をとにかく修行して廻り、弟子を育てたり、加藤清正の家臣を指南したりしています!。

 

他にも一級の剣豪、塚原卜伝の「最高秘伝」を伝授されるなど、

すっばらしい名誉ももらっています!

 

剣術の名人からも認められた腕前は、

後年、林崎は居合術(抜刀術)として受け継がれていきます。

抜けば切る抜かずば切る(れ)よこの刀只切る事に大事こそあれ

こんな居合の歌が今でも語り継がれています。

 

林崎センセー!ありがとう!

 

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

第7位 宝蔵院覚禅房胤栄(ほうぞういんかくぜんぼういんえい)

宝蔵院胤栄

引用:Wikipedia

突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌、とにもかくも外れあらまし

と歌われる、独特の槍、十文字槍を発明したのがこの胤栄でした。

 

興福寺の子院の宝蔵院の高僧です。

 

幼い頃から武術を好み、上泉信綱から新陰流の剣術を学んだり、槍術を大膳大夫盛忠に学んだり

していました。

武神、摩利支天を祀り、槍術成就を目指して稽古して強くなると、宝蔵院流槍術

天下に呼ばれるほど知れ渡りました。

 

そして、その槍術は代々受け継がれ、20世まで続いています。

 

僧侶の武術、恐るべし!

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

第6位 示現流 東郷藤兵衛肥前守重位(とうごうとうべいひぜんのかみしげかた)

東郷重位

引用:Wikipedia

自分が大切にしている刀をよく研ぎ、人に無礼を言わず、礼儀正しくキッとして、一生刀を抜かぬものである

とは、生前の重位がよく言っていた示現流の極意です。

 

なにか、人生の極意のように感じますね!

 

どのような人生を送ってきたのでしょうか?

 

重位は、若い頃、タイ捨流を学んでいました。

そして免許皆伝を受けるとその後京都天寧寺で、

天真正自顕流を学び免許皆伝をまたしても受けました。すごい!

 

そして、この二つの流派のハイブリッドで出来たのが、示現流です。

一ノ太刀を疑わず、ニノ太刀いらず」というのが極意です。

 

その後の他流試合では、46戦全勝という圧倒的な強さを誇っていました。

さらには、当時島津家の剣術師範だったタイ捨流の東を破り、

見事島津の剣術師範役となったのです。

 

とても人間が出来た極めて礼儀正しい人だったようで、

弟子たちを稽古後玄関まで見送りしていた程です。

剣術は人格も育ててくれるのでしょう!

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

 

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第5位 大和柳生新陰流 柳生石舟斎宗厳(やぎゅうせきしゅうさいむねよし)

柳生石舟斎

引用:http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061950603

天下無双」の剣を身につけていた柳生新陰流の初代が見事4位です!

 

若き頃、富田流、新当流と当時の最先端の剣術を学んでいました。

しかし運命の上泉信綱と出会い、その弟子にこてんぱんにヤラれてから目覚めます。

上泉に弟子入りし、あっという間に新陰流の免許皆伝を受けます。

 

そして、柳生新陰流を立ち上げます

まさに上泉信綱の新陰流の正統を受け継ぐものとしたのです。

相当の修行を積みました!

 

最も武名を轟かせたのは、家康御前で見せた奥義「無刀取り」の秘技が

家康の目に止まり、将軍家の剣術指南役を仰せつかったことです。

日本のトップのお墨付きです!

 

石舟斎は老齢だったため、息子に譲りますが、その後、柳生の剣は

徳川将軍家とともに江戸時代に生き続けて行くのでした。

 

日本でいちばん有名な剣になった、柳生新陰流の初代、ご紹介しました!

★実は石舟斎は、石田三成の最強家臣、島左近とつながりがありました。

興味有る方は見てみてくださいね⬇

鬼の島左近公と剣豪柳生石舟斎との気になる関係を暴いていきます!

 

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
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第4位 一刀流 伊藤一刀斎景久(いとういっとうさいかげひさ)

伊藤一刀斎

引用:http://base1.nijl.ac.jp/~rekijin/syouzou/ii0001/html/k4ii00010b.html

剣心一如(剣は人なり、剣は心なり)という極意を編み出した剣豪です。

 

 

三島神社で試合に勝ち、神主からもらった愛刀は「瓶割刀(かめわりとう)」!

7人の盗賊を斬り殺し、残った盗賊が隠れた大瓶を真っ二つに割ったり

相当すごい切れ味だったのでしょう!

 

秘技は「払捨刀」という寝込みを襲われた時に生まれた技や、

夢想剣」という鶴岡八幡宮を参詣中、無意識で敵を斬り、

悟りを得た技などを持っていました。達人の境地ですね!

 

師匠は中条流、鐘巻自斎ですが、伊藤の剣術技術が師匠を越えたため(自斎は伊藤に一歩も打ち

込むことが出来ませんでした)自らの剣の技術に磨きをかけるべく、師匠の元を

離れていくのでした。

強すぎた男、更に強い男を求めて歩いたのですね!

 

その後、旅籠に泊まり、「天下一剣術之名人伊藤」と掲げ、剣の腕を磨いていきました。

対戦成績は、真剣勝負は33回を数え、敵を倒すこと57人、木刀でうちふれること62人

という実績を残しました。

もう、無敵と言って良いのではないでしょうか?

 

そんな一刀流の剣技術を弟子の小野忠明(徳川2代将軍秀忠に仕えた)に伝授し、後世まで受け継がれる

ことになります。

その中の流派には、坂本龍馬が学んだ北辰一刀流も含まれています。

 

時代を変えた、時代を動かした「剣」といって良いでしょう。

 

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

 

第3位 二天一流 宮本武蔵(みやもとむさし)

宮本武蔵

引用:Wikipedia

第3位は、このひと、宮本武蔵です!

武蔵」といえば、現在でも格闘家にもおられるし、

少し昔では、軍艦の名前にも使われていて、

強さの代名詞って感じの名前ですね。

 

本家本元の「武蔵」はやはり正真正銘「強かった」のです。

 

まず、京都の名門足利将軍家の剣術師範、吉岡一門をことごとく破り、

滅亡に追いやります。

若さ弾ける凄まじい強さだったといいます。

 

さらに巌流島での佐々木小次郎との決闘では二刀流で一撃で倒し

 

また、当時飛ぶ鳥を落とす勢いの宝蔵院流槍術との戦いも、

奥蔵院日栄をこてんぱんにやっつけています。

 

しかし、宝蔵院では、「形では勝ち心で敗けた」と、剣のみが強くて内面の弱さを

突きつけられる貴重な経験をしています。

 

他には伊賀の鎖鎌の使い手、江戸の柳生新陰流の使い手などを倒しています。

 

「無敵」という言葉が当てはまる武蔵。

60回ほどの戦いにも負けを知らなかったほどです。

 

強いがゆえに精神的な悩みが深まり、

苦悩の末、武蔵が自分の持てる剣の人生すべてを書き尽くした「五輪書」。

 

 

この書が後の剣術界に与えた影響度は計り知れぬくらい大きいです。

さらに芸術家としても絵がものすごく上手く、晩年にはすべてを兼ね備えた

剣豪となったので、文句なしの3位です!

 

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

第2位 新陰流 上泉伊勢守信綱(かみいずみいせのかみのぶつな)

上泉信綱

引用:http://tigerdream-no.blog.jp/archives/8373310.html

戦国剣豪生みの親」とでも名付けましょうか!

上泉信綱に教わり後世まで受け継がれる剣術を残した人の

有名度はナンバーワンです!

 

柳生新陰流の柳生石舟斎をはじめ、槍術でばりばり有名な宝蔵院胤栄

タイ捨流を編み出した丸目蔵人佐と錚々たるメンバーです。

 

上泉信綱がいなければ、戦国剣豪もまたいなかったかも知れません。

 

そして上泉は、戦国大名長野業政に仕えた兵法家でもありました。

(長野家の中では、弱小ながら、武田信玄や北条氏康といった強力大名たちと

奮戦した実績を持ちます。

猛将、安中広盛を一騎打ちで討ち取ったことで

上野国一本槍の感状をもらったりしています)

 

また、一歩間違えば死ぬ木刀しか無かった時代に、袋竹刀という新たな後の竹刀となる

稽古用武具を発明した事も特筆すべき点だろうと思います。

 

様々な流派の祖、上泉信綱が堂々の2位です!OK

 

 

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

そしてそんな上泉を抑えての第一位は?

第1位 新当流 塚原卜伝高幹(つかはらぼくでんたかもと)

塚原卜伝

引用:Wikipedia

真剣試合19度、戦は37度、すべて無傷で勝利

木刀での打ち合いは数百度で傷なし

生涯で220人をその手で討ち取った実績は抜群!

今も続く新当流(襲い来る敵をなぎ倒すという意味)の創始者です。

 

私は、生涯一度も負けないってこともあるんだなって恐れおののきました!

 

奥義は「一ノ太刀」でこれを伝えた人がまたすごい。

剣豪将軍、足利義輝や、丹後の細川幽斎伊勢の北畠具教

に伝授しています。将軍と戦国大名たちですよ。

相当名が売れていますね!

他にも居合の祖・林崎重信、武田軍の軍師・山本勘助、室町最後の将軍・足利義昭、今川義元の息子・今川氏真

など名のしれた人々にも教えています。

スーパー家庭教師ですね!

 

 

そして、戦わずして勝つの考え方。

これが私は一番素晴らしいと思います。

例えば、卜伝をやっつけようといきり立つ相手を、さり気なく島に置き去りにするという、

このスマートな戦法。

無勝手流」と名付けた戦い方、私は大好きです!

 

剣の実力、奥義、伝えた人、など、どれをとっても最強だと思います!

若干知名度は弱いところではありますが、実力重視で一位です!

 1,武器  
 2,奥義  
 3、戦績  
4,弟子   
 総合評価  

最後に

戦国時代の剣豪をランキング化してみましたが

結構、教えたり教わったりと、剣豪同士、つながりがあるんだなあって思いました。

 

今回のランキングは、剣豪として総合的な評価でしたが、

単純に強さだけで言ったら、伊藤一刀斎が一番なのかなって思います。

 

日本が誇る、剣豪たちが夢見た事を思い浮かべながら

記事を終わりたいと思います。

 

剣が生きた時代、戦国の世よ、ありがとう!

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