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2018年、大河ドラマ「西郷どん」が1月よりスタートです!

こちらの記事では、「西郷どん」の内容、疑問解決、関連情報をお伝えしていきたいと思っております!

楽しんで頂ければ幸いです!

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西郷どんの基本情報をお知りになりたい方は、下の記事もお役に立てるかと思います!

どんなキャストが出演するか気になる方はこちらからどうぞ大河ドラマ・西郷どんのキャスト表!出演者を独自評価してみた!

どんなドラマかというと、簡単に言っちゃえば、「幕末明治時代のカリスマ、西郷隆盛の愛にあふれるリーダー像を描いた作品!」という感じになるでしょう!

西郷隆盛の過去はこちらからご覧になれます大河ドラマ・西郷どんを2倍以上楽しむ為、西郷隆盛の過去を振り返ろう!年表解説!

 

西郷隆盛

西郷隆盛が奄美大島に島流しされ隠居していた理由は?

島流しというのは何か罪を犯したり、罰せられたりした時にその罪人に与えられる追放罪のことです!

では、西郷隆盛は何か罪を犯したり、罰せられるようなことをしたのでしょうか?

答えは「NO!]です。

島流しされたように伝わっていますが、実際は、「薩摩藩によって幕府の追っ手から保護をされた」というのが正しいところです!

 

では、なんでそんな保護されなければならないような状態に追い込まれたのでしょうか?

 

その理由を見てみたいと思います!

西郷隆盛が奄美大島で保護されなければならなかった理由とは?

ちょっと遡って説明しなければなりません。

お付き合い願えれば幸いです!

薩摩藩主島津斉彬と江戸幕府と大老井伊直弼の対立軸について!

当時、江戸幕府と島津斉彬率いる薩摩藩はある問題について対立していました。

その対立軸は、徳川将軍の後継者問題と開国問題です!

表にしてみましたのでご確認ください!

江戸幕府 井伊直弼 島津斉彬
開国の方向性 即刻開国(外国の圧力に完全に負けている) 開国延期(天皇の許可が降りてからと考える) 武備開国(朝廷と幕府が合体し開国に武力で備える)
立場 政権閣僚 政権大老 地方大名薩摩藩

養女篤姫が現将軍家定の正室

手続き 天皇の許可無しでも良い 最後は天皇許可無しはやむなし 天皇の許可必須
推薦将軍後継者 徳川家茂(紀州徳川家) 徳川家茂(紀州徳川家) 徳川慶喜(一橋徳川家)

表からわかりますように、推薦する将軍候補者が違い、開国する手続きも天皇の許可が必要か否かという点において違いがありました。

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西郷隆盛はどうしていた?

そんな中、西郷隆盛は薩摩藩ですので、藩主島津斉彬の意向にもとづいて動いていました。

しかも西郷はとてもこの藩主をとっても尊敬していて、精力的に働いていたのでした。

開国へ

結果的に幕府は天皇の許可なく開国の条約を締結します。

しかも不平等な条件での条約締結です。

この条約を、「日米修好通商条約」といいます。

なぜ不平等なのか2つのポイントがあります

1,領事裁判権がない→アメリカ人の裁判を日本人が出来ない

2,関税自主権がない→輸入時にかかる関税を幕府が決めることが出来ない

天皇の許可なく、しかも不平等という点において、両者まったく相容れない結果となってしまいます。

斉彬の主張は敗れます。

将軍後継者は?

さらに将軍後継者を井伊直弼は徳川慶喜ではなく徳川家茂に決定します。

これで完全に斉彬は井伊直弼に敗れたのです!

これはもう対立の決定的な結果を導き出します!

この決定に島津斉彬は公然と幕府閣僚を批判していきます!

実際の行動としては、5000人の兵を率いて幕府と戦うため上洛することを計画するのです。

島津斉彬の死去

しかし、島津斉彬は兵を率いて上洛する計画の実行のさなか死去してしまうのです。

藩主を失った薩摩藩はその後の藩主は斉彬の弟久光の子供忠義になりますが、実権は斉彬の父親の斉興が握ります。

斉興は斉彬のことを嫌っていましたので、斉彬の事を尊敬していた西郷隆盛としては目の前が真っ暗になり死のうとします

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西郷隆盛、斉彬の意志を継ぐ!

しかし、薩摩藩の僧、月照に説得され、生きて斉彬の意志を継ぐことを決断します

様々な策を施し、井伊直弼を排斥し、幕府改革を志しますが、ことごとく失敗します。

最終的に鹿児島に戻る西郷隆盛を匿う薩摩藩は、幕府からの追求が厳しくなることを恐れ、西郷、月照を日向国(宮崎県)に追放することに決定します。(追放という名の道中での切り捨てを意味していました)

そして、前途を憂いた西郷隆盛は驚くべき行動に出るのです!

 

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西郷隆盛入水自殺へ

西郷と月照は追放される船に乗ります。しかし、前途を憂いた西郷と月照は、自ら入水自殺することを決め、竜が水沖に飛び込みます!

 

この時、月照は死亡、西郷だけが運良く蘇生し奇跡的に生き残るのです!

月照と西郷隆盛が抱合い入水自殺した理由は?真冬の海で!

西郷隆盛、奄美大島への保護へ

同志達の必死の看病のもと、なんとか一ヶ月かかり西郷は回復します。

その西郷を薩摩藩は死んだものとして扱い、西郷の役職も辞させ、さらに身柄を隠すために奄美大島に隠居、蟄居させることにしたのでした!

 

まとめ

西郷隆盛が奄美大島に島流しされ隠居した理由についてみてきました。

西郷隆盛は、必死に薩摩藩主、島津斉彬の為に働きます。

島津斉彬と幕府は開国手続き、将軍跡継ぎの問題で対立していました。

しかし、結果島津斉彬は敗れ、その意志を継ぐ西郷もことごとく策略が失敗します。

そうした中、幕府の手によって西郷は徐々に追い込まれていきます。

最終的に、薩摩藩により追放されその途中で切り捨てされそうになります。その道中に自殺を図ります。

しかし運良く奇跡的に生き残った西郷は、その身柄を幕府に見つからないように奄美大島に身を隠したのでした!

 

この記事が少しでもお役に立てれば幸いにございます!

お読み頂きまして、ありがとうございます!

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