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蕎麦、そば、ソバ。

言い方は数あれど、日本人なら誰もが好きな「蕎麦」。

蕎麦と一言で言ってもさすが蕎麦大国日本。様々な種類があります。

そのなかで、江戸時代の江戸(現在の東京)で栄えた3つの蕎麦屋があるのをご存知ですか?

それが、「薮そば」「更科そば」「砂場そば」なんです。

今回は、この3つの蕎麦の特徴と味、歴史を比較し調べてみました。

コレを読みながら、昔の日本人の味覚、文化などに浸るのも悪くないでしょう!

それでは、お楽しみください。

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蕎麦とは?

江戸の蕎麦を見る前に、まず、蕎麦についてちょっとだけ触れておきたいと思います。

蕎麦の歴史

蕎麦とは、タデ科のそばの事をいいます。

もともと中国雲南省から、朝鮮を経由し、対馬、九州と渡って来ました。

日本には、今から9000年前蕎麦の花粉が高知県で発見されています。

ちょっと想像出来ないくらい昔です。

しかし、蕎麦の実は硬く、道具もない当時、それを簡単に食べれる状態にするにはかなりの時間と労力を必要としました。

平安時代あたりでは、他の雑穀と同じように扱われ、料理的にも味は美味しく無い「食膳に据えかねる料理」だったようです。(文字通り、麦の一種といった感覚で扱われました)

蕎麦が美味しくなるにはまだまだ時間を要しますね。

蕎麦を砕く石臼の登場

鎌倉時代(1241年)に、聖一国師が中国から石臼を伝えて、この道具の入手により、蕎麦の実を粉にして料理に使うことが出来るようになります。

そして産まれてきたのが蕎麦の前身「そばがき」や「そば焼き」です。

そば粉を団子のようにして餅のようにしてたべたり(そばがき)、そば粉を水で溶いて焼いて食べたり(そば焼き)するようになりました。

料理として成り立つようになってきました。

しかしまだまだ、麺になるには時間を要します。

 

蕎麦のつなぎの発想「蕎麦切り」の誕生

その後、小麦粉を蕎麦のつなぎに使用することが発明されます。(おそらく饂飩の応用ですね)

時期は、室町時代から戦国時代の天正2年(豊臣秀吉公が長浜城を築城)までの間くらいでしょう。

ここで初めて蕎麦が今のような麺の形状になるのです。

これを「そばがき」と区別して「蕎麦切り」と言うようになり、略して「蕎麦」となります。

やっと来ましたね!

この、蕎麦切りという言い方は今も残っています。

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江戸時代の蕎麦ブーム

江戸時代には、「料理物語」という料理本に蕎麦切りの作り方が掲載され、一気に江戸の庶民にも広がりました。

大ブームとなり、4,000軒近い蕎麦屋がうまれたといいます。

その中で特に有名な3つの蕎麦屋が「」「更科」「砂場」の三大蕎麦屋でした。

さあ、お待たせしました。三大蕎麦の特徴と味、歴史を比較調査してみましょう。

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三大そば特徴と味比較表

薮そば 更科そば 砂場そば
名前の由来 店の周りが竹やぶだったため 真っ白い一番粉を蕎麦から抽出する産地更級から。 大阪城築城時の資材置き場の一つ「砂場」から
起源 1735年(亨保20年)よりも前 1788年(寛政元年) 1584年
場所 雑司が谷、門前茶屋 麻布永坂町の三田稲荷 大阪城付近
創業者 不明(農家?) 八代目堀井清右衛門(元は布屋) 不明(労働者へのまかない人)
店の名前 不明 信州更科蕎麦所布屋太兵衛 津国屋
現在に繋がる店の起源 1833年(天保4年)よりも前 同上 1751年よりも前
場所 団子坂(千駄木) 同上 薬研堀
店の名前 蔦屋 同上 薬研堀大和屋大阪砂場そば
創業者 武家の三輪さん 同上 不明
特徴 つゆに麺をちょっとだけつけて食べる、江戸風の食べ方。麺は細切りで蕎麦の皮で緑がかっている。 蕎麦の一番粉を使った白く高級感ある麺。 蕎麦は※二八そば。1955年、天ざるを開発する。
塩辛いそばつゆを使用していて、醤油の味が強い。 上品な味わい。つゆは甘め。 つゆの濃さは甘くて濃いめ。
現在有名店 かんだやぶそば、並木薮蕎麦、池の端藪蕎麦 更科堀井 南千住砂場、巴町砂場

三者三様の蕎麦屋事情です。

結構違いがあるものですね。

※二八そば=そば粉を8割、つなぎの小麦粉を2割使用した蕎麦

※十割(とわり)そば=そば粉を10割使用した蕎麦。

最後に江戸時代の蕎麦にまつわるこだわりを、いくつかご紹介しておきますね!

 

江戸の蕎麦こだわり「粋」ですね

●口に入れたらあまり噛まずに飲み込み、喉越しと、鼻に通る香りを楽しむのが「粋」

●箸は滑らない割り箸を使用するのが「粋」

●酒を飲まないのであれば、さっと食べて引き上げるのが「粋」。

●蕎麦を食べることを「手繰る」というのが「粋」

●蕎麦の先をつゆにちょっと浸して食べるのが「粋」

 

ちょっぴり見えっ張りなところがかっこよかったりしますね!

 

最後に

蕎麦は栄養もビタミンb1が含まれていて、三白(砂糖、白米、塩)の影響で、脚気が多くなった江戸時代の庶民の栄養を補填する意味でも大事な料理でした。

そしてさっと食べる粋な江戸っ子のこだわりも蕎麦を通じて垣間見ることが出来ます。

是非、現代も残る三大蕎麦を、試されてみてはいかがですか?

江戸っ子を思い浮かべながら、、、。