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あっ!明智光秀がくじ引きを引いています!

場所は京都の西の愛宕山。5月の初夏。風薫る5月。

気持ちいい風が吹いて、、、。

さあ、くじ引きの結果はどうだったのでしょうか?「凶」?「大吉」?はたまた?

そして、何のためにくじを引いていたのでしょうか?

 

なにやら、歌が聞こえてきます!

「ときは、、、、」

ああ、光秀の声ですね。

次に聞こえてくるのが、「水上まさる、、、」

あれは光秀の息子、光慶の声。

戦勝祈願の連歌会をしているようですよ。

 

どの戦いのことを歌っているのでしょう?

秀吉の中国毛利との戦いかな?

 

これは本能寺の変にて明智光秀が織田信長を襲う、約一週間前の出来事です。

 

今回は、京都の西、愛宕神社で明智光秀が引いたくじのことと、

その後行われた連歌会「愛宕百韻」について見てみたいと思います!

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明智光秀は何故くじを引いたの?

おみくじ

時期は、5月の下旬。京都の亀山城より、愛宕山へ明智光秀、息子光慶はじめ、9人ほどで参詣しました。

一行は、まずは一晩こもって祈願をしました。

そして、翌日、愛宕神社社殿に行き、火難除けの神として知られる、祭神愛宕権現太郎坊の前で、光秀はくじ引きをしました。

 

ここで、光秀は3回くじを引きます。

 

なぜくじを引いたか?

ズバリ、光秀の頭の中は織田信長を倒すことで一杯で、不安や怖れもあったのでしょう。

このくじを引くことで、吉が出れば、その背中を押してくれる!そんな思いでくじを引いたんだと思います。

 

くじは何が出たんでしょう

くじの結果は?

 

1回目、、、「

2回目、、、「

ううう。三度目の正直!

エイヤ!

3回目、、、「

ああああああああ!

三回とも凶だったと言われています。

実はこの数日後、光秀は主君織田信長を本能寺にて襲うのです。

いわゆる謀反です。

ってことは、ここでのくじ引きは、主君を討ち果たせるかどうかを占っていたにほかなりません。

 

間違っても、信長から命令された中国地方で毛利家と戦っている秀吉への援軍の戦勝祈願を祈ってではありませんでした。

 

が、その結果が、凶三回では、、、。

 

でも、逆に吹っ切れたのかもしれません。

今が一番どん底だ。

悪い運を使い切ったから、あとは良い方にしか行くのみ!

開き直った光秀は、その後、連歌会を開きます。

愛宕百韻開催

五月

9人の同士達は西坊威徳院で連歌会をはじめました。

くじのあとで、さらに気持ちを高めたいと思っていたのでしょうか?

まずは光秀の発句!

ときは今 あめが下しる五月哉

さあ、始まりました。

この光秀の今回の謀反にかける様々な思いが詰まった歌。

ちょっと分解して説明しましょう!

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最初の句説明

ときは

普通に漢字当てると「時は」でしょう。

しかし、明智光秀の祖先は、「土岐明智家」でありました。

この「ときは」は「土岐家は」の意味が隠されているでしょう。

あめが下しる

「あめが」は通常は五月雨の「雨」でしょう。

しかしここでは「天が」という意味が隠されていると思います。

「天を下す」=「天下を号令する」と言う意味ですね。

おお、凄い!野望丸出しじゃないですか!

五月哉

ここはそのまま読めますね。

 

ここまでをつなげると

「土岐家が天下を号令する五月哉」

という明智光秀の決死の覚悟がここに込められていたのだと思います!

縄手の行衛ただちとはしれ

道

そして最後に光秀が詠んだ歌がこの「縄手(道)の行衛(行く方向)ただちとは(すぐに)しれ(知れ)」でした。

意味は「道の行く方向はすぐに知った」といった感じでしょう。

光秀は、自らの進むべき道をきっちりと覚悟を決めたのです。

足利尊氏の例

かつて、室町幕府を立ち上げた足利尊氏が、前政権、平氏の本拠地、六波羅に攻め入ったのは、

光秀が同じ丹羽(亀山)の地で蜂起し、京都本能寺に攻め入ったのと奇しくも似た流れでした。

しかも、織田信長の祖先は平氏の流れ。

これを光秀は知らないわけはなかったでしょう。

最後に

2日間の愛宕山での祈願で光秀の進むべき道を決定づけたと言えるでしょう。

一世一代の大勝負。

攻め込みますよ!

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