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戦国時代をこよなく愛する激務ファミレス店長、南昌幸がお届けする

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関ケ原の戦い本戦前、徳川家康公の軍勢を西軍はこの「大垣城」にて待ちます。

「関ヶ原」についての簡単な解説は、『関ケ原の戦い!合戦に至る経緯を分かりやすく5分でまとめました!映画「関ケ原」を10倍楽しめます!』をご覧ください。

映画関ケ原公式サイト

その大垣城とはどんな城なのか?ご説明していきたいと思います!

 

大垣城の基本情報!

まずは基本情報を!

名称 大垣城。(四重四階建て総塗りごめ様式で、大変優美な城として名高く、その姿から、麋城(びじょう)(鹿のことです)巨鹿(きょろく)城と呼ばれています!
地図
 住所  〒503-0887 岐阜県大垣市郭町2丁目52
 電車  JR大垣駅より徒歩約10分
 車  最寄りは名神高速道路大垣IC
 駐車場  専用駐車場はありません。

コインパーキングはあります!

(30分100円が相場)

 電話番号  0584-74-7875  (大垣城)
営業時間 9時~17時
料金 一般100円(安い!)
18歳未満
無料郷土館・守屋多々志美術館・奥の細道むすびの地記念館との4館共通券 (大人600円)
城内 資料館になっています

(火縄銃や槍を手にとることが出来ます。DVD視聴で関ケ原の戦いの事を学べます!撮影可能!)

西軍本拠地、関ケ原での大垣城は?

はじめは、石田三成公などの西軍中心メンバーは、この大垣城を本拠地をしていました。

 

が、関東から到着した徳川家康公の軍が関ケ原方面に進軍すると、石田三成公らも

関ケ原西側へ移動します。

 

その後、大垣城を守っていた福原 長堯公は、関ケ原の決着がついたあとも、

東軍の中に取り残されながら、最後の最後まで、この大垣城の本丸にて抗戦します。

 

しかし、その粘りも城内からの裏切りにつぐ裏切りで城兵は離散し、進退に窮した福原公は、

9月23日降伏します。関ケ原敗戦の日から約一週間後のことでした。

 

この一週間の間、大垣城を舞台として、激しい抗防戦が繰り広げられるわけですが、

大垣城にいた女達は何をしていたのでしょう?

 

それを後ほど触れて行きたいと思います!

 

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桜が有名で、水の都大垣の中心、大垣城!

 

大垣城は、桜が200本ほど植わっており、桜の時期は所狭しと桜が咲き誇ります!

そして秋は紅葉が楽しめます!

大垣は水の都とも言われ、「たらい」に乗って大垣城のお掘、「水門川」を下るイベントもやっています!

この「たらい」に乗りながら眺める城や花や紅葉は最高です!

大垣観光サイトはこちら

(何故「たらい」かといいますと、城を脱する時に使用したからだそうです)

誰がたらいに乗って脱出したかと言いますと!それを今からご紹介致します!

 

関ケ原の大垣城、女たちの戦国時代のリアルがここに!

石田三成公の家臣、山田去暦公の娘「おあむ」!

「おあむ」という女は、石田三成公の家臣、山田去暦公の娘の名前です。

 

父の山田去暦公が石田三成公ともに関ケ原へ出陣していったあと、

娘の「おあむ」は母親と共に大垣城に残されました!

生首の歯に墨を塗る!

母と一緒に大垣城天守に登ると、そこには恐ろしい光景がありました!!!

 

なんと、いくつもの「生首」が並んでいるではありませんか!!!!

 

そして更に驚いた事に、その生首の歯に墨を塗っているではありませんか!!

 

これはどういうことかと言いますと、「歯に墨を塗っておくと、身分の高い武将の首を取ったことにできる」

らしいのです。(お歯黒は高貴な人がするもの)

 

そして、身分が高いほうが恩賞も多いということなのです。

 

だから、首を取った武士達が、首を持って女たちに「歯を黒く塗っておいてくれ!」と頼みに来るそうなのです!

 

おおっ!なんと嘆かわしい!でもでも、当時の人達はより良く生きるのに必死!

それが普通なのです!歯を黒く塗るのも大事な大事な仕事なのです!

 

母親がその作業を始めるので「おあむ」も恐る恐る手伝い始めました。

 

「おあむ」ははじめこそ生首の恐ろしい形相や重さ、血、等に恐れながら

作業をしていましたが、だんだん慣れてきて、その日は生首の

中で眠ったそうです!(疲れ果てて眠ったのでしょう)

弟が目の前で撃たれる!

そんな城内での「仕事」をしていましたが、ある時近くにいた14歳の弟が鉄砲玉に当たり息絶えます!!!

「ううううううううっつ」こんな悲劇が、こんないとも簡単におこってしまう!!!

一瞬で!目の前で!!

どうかしている!

「たらい」で城から脱出!

そんな混乱の中、父の山田去暦公が迎えに来ます。

手はずを整え、「おあむ」たちは

城にある松から堀に浮かんでいる「たらい」に飛び移り、脱出したのでした。

 

リアル過ぎます!!!「ううううううううっつ」

 

上記の話は「おあむ物語」を参考に書かせていただきました!

「おあむ」の話を記録した本です。

よろしければご覧になってみて下さい。

まとめ

水の都大垣に立つ「大垣城」は関ケ原の戦いに巻き込まれていきました。

 

関ケ原敗戦後も西軍の武将福原 長堯公 は最後まで東軍に抗戦しますが、一週間ほどで

降伏します。その一週間程の間、女たちの戦国の生き方がそこにはありました。

 

武士が獲ってきた生首の歯に墨を塗っていたのです。

お歯黒は高貴の証拠!恩賞も弾むからです!なんと!

 

石田三成公の家臣の娘だった「おあむ」ははじめ衝撃を受けますが、母と一緒に

その作業を行います。

最後は父が迎えに来て、「たらい」に乗って城を脱出します。

その「たらい」にのって川を下るイベントが現代に行われていて、戦国時代の出来事を

継承しています。

 

是非、大垣城へ行って、400年前の日本人の行動に思い馳せてみるのもイイかも!

 

最後におすすめの宿

関ケ原激戦の地、戦国武将たちの夢の跡!大垣城のホテルをご紹介致します!

本来は旅館などをご紹介すべきなのですが、やはりそういう宿はお高いです、、、。

お金をあまりかけずに、泊まりたい!ということであればこちらのホテルはオススメです!

立地は抜群で、大垣城や、たらい船船着場へも徒歩圏内です!

 

 

よい旅を!グッドトラベル!