後の竜」こと、上杉謙信公の大好きなお酒について書いていきたいと思います。

上杉謙信 銅像 上杉神社 米沢 神社 武将 英雄

とにかく酒豪で有名な謙信公ですが、どのようなお酒を飲まれていたのでしょうか?

どぶろくも飲んでいた?

当時のお酒といえば、基本的には濁った「どぶろく」というお酒が主流でした。

どぶろくとは簡単に言えば、発酵させただけの白く濁ったお酒の事を言います。
炊いた米に、米こうじや酒粕に残る酵母などを加えて発酵させることによって造られる日本酒(清酒)の原型です。
もろみ酒、濁り酒(にごりざけ)、濁酒(だくしゅ)、白馬(しろうま)ともいいます。

おそらく、大酒飲みの謙信公は、どぶろくを飲まれていたのではないでしょうか?

越後では天文17年(1548年)創業(謙信公は18歳の時)の「吉乃川」という蔵元が今でもありますが、
きっと、当時の謙信公にも提供されていたのではないでしょうか?

基本的には一人で飲むのがお好きなかたでしたから、春日山城で月を見ながら風に囁かれながら
気持ちよく酔われていたのではないでしょうか?
なんか風流ですねえ!

スポンサーリンク

今の日本酒(清酒)のようなものもありましたが、これは京都の方で売られてはいましたが、
とても高価なものだったようです。

でも、お酒好きの謙信公はコチラのお酒もやはり飲まれていたのかもしれません。

と言うのは、当時の越後は京都と取引が多く、結構儲けていました。

上杉謙信公は越後縮で儲けてました!

越後国は日本一のカラムシ(植物の名前)の産地だったため、衣類の原料として青苧座を通じて京都などに積極的に売り出し、
莫大な利益を上げていたようです。
ちなみに新潟県の魚沼地方で江戸時代から織られていた伝統的な織物、越後縮はこれで織られていました。

京都の高級酒「柳」

京都にて高級なお酒を飲まれていたことを書いた記事はこちら!

上杉謙信公が京都で飲んだお酒とは?日本最初の銘酒「柳の酒」について!

潤沢な資金が入り、さらに京都ですから、一緒にお酒も調達していたのでしょう。

私は、お酒はたまにしか飲みませんが、あのほろ酔い気分というのはなんとも気持ちいいものです。

ストレス解消にお酒が最適?!

戦国時代は、生きるか死ぬかの緊張した毎日が続き、また、領主となると、一国を治めていく政治的な問題も
解決していかなければならず、相当なストレスを抱えていたのではないでしょうか?

それを一時でも忘れさせてくれる「お酒」を愛した謙信公の気持ちを察すると、とても親近感が湧いたりします。

 

馬上盃という大きな盃で飲む!

しかし、お酒は百薬の長とは言いますが、それにも限度があります。

謙信公の飲み方は半端ではなかったようです。馬上盃という直系12センチもある盃に

お酒を並々入れて飲んでいたのですから、、、。

お酒のおつまみは梅干し?

49歳で生涯を終えるのですが、その原因も脳出血ではないかと言われていまして、

酒の肴で食していた梅干しや味噌や干物が原因だと言われています。

もちろんそれぞれは健康によい食べ物なのですが、偏食の傾向があったのでしょう。

お酒を飲まれるときは気をつけましょう!

 

越後産の梅干しです!

お酒のおつまみに召し上がる際は程々にお願い致します!

 

最後にこんな句を詠まれています。

四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒

謙信公ならではの句ですね!

 

上杉謙信公をもっと知りたいなって思った方は、こちらの記事もお楽しみになれる内容になってます!