西郷どん「島津久光」について解説!

ドラマで島津久光を演じるのは優香さんの夫「青木崇高」さん!

 

他のキャストの簡単な情報はこちらをご覧ください→大河ドラマ・西郷どん全キャスト表!出演者と役柄、独自評価!

 

島津斉彬亡き後、実質的に薩摩藩の政治を握ったのが、この島津久光でした。

そして、平成天皇の祖先を辿っていくと島津久光に当たるという驚愕の事実が!!!

さらに、花火を使って抗議したっていうのはどういうことなのでしょう?

このあたりを解説したいと思います。

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まず、島津久光を年表にてまとめてみましたので、ご覧ください!

島津久光年表!

西暦 年齢 出来事
1817年 斉興とお由羅との間に島津久光誕生
1836年 18歳 正室千百子と結婚
1851年 33歳 長兄斉彬が藩主になる
1858年 40歳 斉彬没する。

遺言により久光息子忠徳が藩主になる

久光は国父として実質権力を握る。

1862年 44歳 西郷隆盛を島流しにする

寺田屋事件。(薩摩藩士の攘夷派を粛清)

文久の改革。(徳川慶喜将軍後見職になる)

生麦事件。(久光の行列を英国人が妨害したことが原因)

1863年 45歳 薩英戦争
1868年 50歳 明治新政府樹立
1871年 53歳 廃藩置県に対し花火で抗議する
1877年 59歳 西南戦争
1887年 70歳 死去

廃藩置県に対し花火で抗議する!

花火 スターマイン 夏 祭り お祭り 夏まつり 花火大会

島津久光は、とにかく家臣だった西郷隆盛や大久保利通たちが中心の新政府のやることなすことに反対します。

武士がなくなっても、廃刀令が出されても、最後まで刀を持ち続けたそうです!

 

しかし、反対行動のその最たるものが、廃藩置県に対する抗議です。

なんと!

花火を自宅庭から打ち上げ続けました!!

そんな抗議は前代未聞!

ちょっと子供じみていますがなんか微笑ましく思えちゃいますね!

 

西郷隆盛とは不仲

西郷隆盛とは相性が悪かったのか、とても不仲でした。

西郷が無断で上京すると即刻島流しにしたり、、、。

西郷も久光を「田舎者」呼ばわりしたり、、、、。

お互いに嫌い合っていました!

 

多分それよりなによりお由羅騒動からの遺恨が拭えなかったのでしょうね!

迷言?!

時代の流れには最後まで疎く、明治維新後、「俺は将軍にいつになったらなるんだ?」

と言ったそうです!

徳川幕府が終わったら、島津幕府が来るもんだと本気で思っていた節があります!

ここまでズレていると親しみが湧いちゃいますね!

 

子孫に平成天皇がいます!

 

島津久光の子孫で最も有名なのが昭和天皇(平成天皇の父親)とご結婚された、香淳皇后(平成天皇の母親)です。

島津久光のひ孫が香淳皇后なのです

ということは、、、今上天皇(平成天皇)も必然的に久光の子孫となりますよね!

薩摩の世の中知らずの殿様の血が、脈々と天皇家の中に流れているってなんか不・思・議・!

以下は、島津家の家系図です!

図、右上に見えるのが、香淳皇后、今上天皇(平成天皇)です!

久光は図左側にいます。

確かに血が受け継がれています!

 

家系図

島津久光→忠義→忠重→香淳皇后(平成天皇の母親)今上天皇(平成天皇)

まとめ

島津久光は、西郷隆盛と仲が悪かったり、新政府のやり方に反対し、花火で抗議したりと面白いエピソードをお持ちです。

子孫が平成天皇だってこともなかなかの話題ですね!

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