今回は、戦国時代、兜の模様などに使われた「蜻蛉」や「桜」などの模様を刻んだ「印伝」という工芸品について追って見たいと思います。
(現在、経済産業大臣指定 伝統的工芸品)
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印伝とは?
場所は甲斐の国にやってきました。
武田信玄公が甲冑を着ようとしています!
あの模様が気になるなあ。
あれは、なんという模様でしょうか?
近くにいる板垣信方公に聞いてみましょう。
なるほど!これが印伝というものなんですね!
印度(インド)から伝わったから印伝と名付けられたようです。
現在でもなお残る上原勇七直伝の甲州印伝を手にすることが出来ます。
※上原家とは?戦国時代、諏訪の上原城下にいた武具職人です。武田家が亡びた後、甲州(今の山梨県)に移住し、印傳屋を開きます(1582年)。その後、江戸時代に入り、上原勇七が鹿革に漆付けする独自の技法を編み出し、甲州印伝が始まります。
作り方が、とにかく超絶だそうです。
工房へ行ってみましょう!
甲州印伝の制作は超絶技術が必要!柄の意味とは?
なにやら、鹿革に漆を塗り込んで模様を浮かび上がらせています!
おおっ!煙がでています。鹿革に煙によって染色しているようです!
ふすべ技法と呼ぶようです。
ポルトガルの宣教師、ルイスさんも驚愕です。
柄は、、トンボが見えます。
え、何故トンボ?
トンボは勝ち虫
上原さんに聞いてみますと、トンボは前にしか進まない虫故に「潔い、勝ち虫」という縁起からよく使っているようです。
出典;http://www.pair-slope.co.jp/0-2011-MENU/INDEN/P1.htm
信州(長野県)の諏訪を治めた、武田家家臣で24将の一人である板垣信方は、自らの武具に蜻蛉柄を用いたと言われています。ここにはきっと上原家が絡んでいたのでしょう。
花は桜木
他には、桜が見えます。
コチラの意味は、「花は桜木、人は武士」と一休さんが詠んだのですが、散り際が潔いという意味があるんだそうです。
出典:http://www.pair-slope.co.jp/0-2011-MENU/INDEN/P1.htm
桜が散りゆくさまと、武士が主君のために命を捧げるさまを重ね合わせ、桜の模様を武具に取り入れたといいます。
男気ですねえ!ウンウン。
しかしながら、完成するまでに3ヶ月から半年くらいかかるようで、気の遠くなる話ですねえ。
さらにもう一つの柄をご紹介しましょう。
「菖蒲」は「勝負」
菖蒲(しょうぶ)という読み方が、「尚武」または「勝負」に繋がり、武士の間で字が当てられてきました。魔除けの意味もあったようですね。
古来中国では刀の形に似ていることから縁起の良いものとされてきました。
これらの意味が込められていれば、戦も勝てますね!
実際、武田信玄時代は戦国最強の実力はあったはずですから!
かつて奈良時代に作られた、東大寺国宝の「文箱(ふばこ)」もこの印伝で染められています。
日本技術力は素晴らしいものがありますね。
現代もこの技術はしっかり受け継がれています!
まとめ
武士の想いが沢山詰められた柄で作られた甲州印伝。
その意味はまさに戦いに勝つ事を求められた戦国時代だからこそ生まれたものだったのかもしれません。
そんな甲州印伝の質に触れてみたくなった方は以下の記事もご参考に!
印伝商品ご紹介記事
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[…] 参照記事:甲州印伝 […]