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「くノ一」は「女」を表す隠語ですね。く+ノ+一=女ですね!

女忍者を示す言葉としても使われています。

 

ちなみに「男」の隠語は「たぢから」ですね。田+力=男です。

基本、忍者は男でしたが、男忍者が入り難い仕事がある時、

くノ一の術、すなわち女忍者が仕事を実行したのでした。

 

今回は、その女忍者の仕事と、戦国武将武田信玄のもとで、女忍者を統括していた望月千代女

について見てみたいと思います!

望月千代女(もちづきちよじょ)とは?

 

甲賀望月氏の娘であり、

本家望月氏、信濃(長野)の武田信玄配下の武将、望月盛時の妻でありました。

ちょっとここで望月氏について見てみましょう。

(望月氏は、平安時代から続く、信濃佐久地方の名門武家です。)

望月氏について(甲賀忍者との関わり)

ときは平安時代。

望月氏のいた佐久には「望月の牧」と言う牧場があり、古くは、天皇に貢ぐための馬を育てる牧場がある土地として知られていました。

「望月の牧」で育てられた馬達は、望月氏により朝廷がある京都に送られていくという感じです。

 

そして、その途中にある近江甲賀で、馬の休養や調教を行っていました。

ここで、望月氏と近江甲賀とは交流があったのです。

 

そんな関係から、望月氏と近江甲賀とは関係も深く、平将門の乱のあとに、信濃から望月三郎兼家という人が

近江甲賀に赴任し、武士団を形成し、後に甲賀忍者と呼ばれる甲賀五十三家の筆頭格となり、

戦国時代へと続いていくことになりました。

 

さて話は戻って、戦国時代、武田信玄の時代です。

女忍者「望月千代女」誕生!

夫の望月盛時が川中島の戦で戦死すると、未亡人となった千代女を武田信玄が雇いました。

 

どのような目的で雇ったのでしょう?

それは、ズバリ「女忍者の頭領」として雇ったのです。

 

きっと、望月氏と甲賀との関係性も頭にあったのでしょう。

 

男の忍者だけでは得られない情報を得ようと武田信玄は考えたのでしょうね。

どのような経緯だったのでしょうか?

武田信玄、巫女から女忍者を考え出す

かつて、くノ一を養成する機関があったと考えられています。

それを始めたのが武田信玄だったと言われているのです。

 

ある時、武田信玄は、巫女に目をつけました。

富士山を崇める浅間神社につかえていた巫女たちは、各地に御札を配って歩く活動を

していました。

 

武田信玄は、この各地を歩く巫女のように各地を歩き、諜報活動が出来ないものだろうか?と着目したのでした。

 

そこに、甲賀忍者とつながりのある望月家の望月千代女未亡人がいたということで、

彼女に女忍者の育成をさせて女忍者の組織を作ろう!となったのでしょう。

 

武田信玄は、望月千代女を「甲斐信濃二国巫女頭領」に任命しています。

 

では、どのようなくノ一育成方法をしていったのでしょうか?

望月千代女のくノ一育成方法!

 

まず、合戦により発生した諸国の捨て子や孤児などから美少女のみを選び出しました。

美少女だったのは、男を妖艶な姿で騙し情報を得るというくノ一の特徴によることから

必須条件でした。

 

そして、選び出した美少女達を、信濃小県郡禰津村(長野県東御市)の修験道場「甲斐信濃巫女道」に集めて、

女忍者「くノ一」を養成していったのです。

 

どのように養成していったのでしょう?

くノ一養成方法は?

望月千代女が、まず修験道場に集められた美少女達をに教えたことは、巫女道の修練でした。

巫女の姿になりすます関係で、まずは叩き込まれました。

具体的には、

「呪術」「祈祷」「口寄せ(霊のかわりに語ること)」「調伏(悪行に打ち勝つこと)」

などでした。

 

そして、忍者として必要な事も同時に叩き込んでいきました。

具体的には、

「読み書き」「情報収集能力」「忍術・忍法」などです。

相当過酷な修行だったんだろうと想像します。

 

このようにして、200人を越す美少女が、歩き巫女という仮の姿をまとった女忍者に成長し、

全国各地に武田信玄に情報をもたらすべく、旅立っていったのです。

くノ一の仕事内容

では、実際にどのようにくノ一達は、情報を得ていたのでしょうか?

その現場を見てみましょう。

 

まず、武田信玄の軍事行動に合わせて、敵方の武将の情報を得るようにと命令が望月千代女に下ります。

すると、適任の女忍者を千代女がその目的の武将のもとへ放ちます。

 

武将への近づく手段としては様々な物があるようですが、例として上げましょう。

●武将に関係のある有力な商人の家に下働きから住み込んで主人を信用させて近づく方法

●武将の屋敷に下女として入り込み、あわよくば側室になって行く方法

 

ですね。

 

ターゲットの武将の情報を随時「つなぎ(連絡役)」の人に報告し、それが望月千代女に入り、

武田信玄のもとに入るっていう情報網です。

 

きっと、バレてしまった人もいるのでしょうけど、武田信玄の戦の快進撃は、

こういった地道な情報収集活動によって支えられていたものだったのですね!

 

女忍者には忍術はなかったのでしょうか?

いや有りました。

望月千代女が教え込んだ忍術の中に「隠蓑の術」というのがあります。

次に、このくノ一ならではの忍術、「隠蓑の術」をご紹介しましょう!

隠蓑の術(かくれみののじゅつ)とは?

目的は、屋敷の武将を暗殺することでした。

 

まず、武将の奥方に信頼されるように、普段から下働きをしっかりとします。

そうして、この奥方の信頼を得たならば、承諾を得て宿(隠れ家)に置いてきた荷物を取りに行きます。

その荷物の中に、男の忍者を忍ばせておくのです。

 

そして、その荷物を仲間に担がせてそのまま武将の屋敷に入り、一気に館の主人(武将)を殺してしまう

っていう恐ろしい術です。

 

忍術って言うより、戦術って感じですね。

地道な活動が最後実るっていう堅実ですが、強烈な方法です。

 

色仕掛けも武将に近づくためには必要でしたが、実際の行動は、本当に命がけのミッションだったのです!

 

最後に

女忍者をまとめ上げた望月千代女について見てきました。

結構、小説やドラマですと、妖艶な女の人が、色仕掛けで、男を誘惑し、

その隙きを見計らって、情報を得たりとか、暗殺するっていうイメージが有りました。

 

しかし、その実、それだけではなくて、もっと地道な活動があり、

泥臭い現場があるんだなって思いました。

 

その人の本質をしっかりと見抜かないと、いけませんね!

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