戦国武将をこよなく愛する激務ファミレス店長南昌幸がお届けする
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そして、その舞を記録に残っているだけで2回舞っています。
一回目は桶狭間の戦いの前。
圧倒的大軍の隣国今川義元公を討ち取り、織田信長ここにあり!と衝撃的インパクトを世間に
与えた桶狭間の戦い!
2回目は本能寺の変で炎の中で自害する直前。
家臣の明智光秀公の裏切りにより自害に追い込まれた本能寺の変!
かなり重要な場面で舞った幸若舞の「敦盛」!
この舞った時の織田信長公の様子と、私の感じたことをかかせていただきたいと思います!
それでは、どうぞ!
幸若舞を舞う織田信長公
幸若舞とはどのような舞なのでしょう?
舞は舞でも、「曲舞」(くせまい)という舞です。
「曲舞」とは、「謡や鼓の伴奏に合わせ、男性が扇を持ち舞うもの」です!
織田信長公がどのように踊っていたか、想像してみましょう!
織田信長公の扇と体の動きの一体感!扇を動かす動作!最高です!
一つ一つの動作に痺れます!
スローなようで力強い!静と動が入り混じった舞の動き!
織田信長公のおそらく鋭い目で見られたら殉死してしまうかも!!!
織田信長公の声はどうだったのでしょうか?
一説によると甲高かく、遠くまで通る声だといいます。
演説をするとガラスがバンバン割れてしまう、なんてことも、、、?
きっと、城内での声が部下全員に聞こえるくらいの声だったのでしょう!
ビブラートもビシバシ決めて!
それを聞いた部下、家臣たちは奮いたったことでしょう!
私も織田信長公の舞と声ならば、聞き惚れてしまうでしょう!
うっとり、、、。
そしてその息遣いいいい!
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演目「敦盛」は軍記物語でした
織田信長公が好んだ理由としては、軍記物語が多かったからでしょう!
戦国武将は常に戦いがそばにあり、勝たなければそれは滅亡を意味するような時代。
滅亡は、家臣、領民を露頭に迷わすこととなる。という使命感を常に持っていたと思います。
織田信長公は、さらに大きな天下統一を目指していくわけですから、日本人全員が路頭に迷う
事のないようにという、大きな大きな使命感を背負って生きていくわけです!
そんな背景がある織田信長公が選んだ演目は「敦盛」!
「敦盛」一言で言えば、人間の世の流れの儚さを演じたものだといえます。
きっと、この世の流れの儚さを、織田信長公は、現実を見れば厳しすぎる戦国という
環境の中、自らの精神を落ち着かせ、集中させるために「敦盛」を舞ったのではないでしょうか?
そのように想像すると、織田信長公が桶狭間に行く前と本能寺で炎の中で舞っている時、
実は、同じような心境であったのかもしれません。
もしくは、本能寺の炎の中で、桶狭間の時のことを思い出していたのかもしれませんね!
織田信長公は最後は涼やかな気持ちで自害なされたような自分は気がします。
もちろん天下統一という大目標は目前で達成できませんでしたが、
そういう現世のことから超越した心境で死を迎えたのではなかろうかと思わずにいられません!
まとめ
織田信長公が愛した舞「幸若舞」を舞う織田信長公は、高い声と、
重厚な動きで見事に舞われていたことでしょう!
選んだ演目「敦盛」は軍記物で、人の人生の流れは儚いことを
語った物語でした。
この心境は、きっと桶狭間の前も本能寺の炎の中にいる時も
境地だったと思います!
私も、いざという時には、精神統一して高い境地で
生きていきたいと思います!
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