勝海舟勝海舟

江戸の皆を守るぜ!

坂本龍馬坂本龍馬

これからは貿易ぜよ!

西郷どん西郷どん

徳川は滅ぼすでごわす!

 

勝海舟と西郷隆盛と坂本龍馬の3人は幕末から明治維新に変わる激動の日本にとって、無くてはならない人達でした。

勝海舟は江戸幕府の家臣でありながら、新しい日本を目指した人。

西郷隆盛は外様大名薩摩藩の藩士で、明治維新新政府側から新しい日本を目指した人。

坂本龍馬は土佐藩を脱藩した、自由な身分で新しい日本を目指した人。

3人とも立場は全く違いましたが、目指すところは「新しい日本」でした。

 

彼らの活躍無くして「新しい日本」明治維新は訪れなかったでしょう!

そんな彼らの活動の軌跡を年表で見てみたいと思います!

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勝海舟と西郷隆盛と坂本龍馬年表

3人の生きた軌跡を見ることで、彼らがいかに幕末から明治維新において、重要な役割を果たしたかが分かると思います!

勝海舟西郷隆盛坂本龍馬

西暦勝海舟坂本龍馬西郷隆盛
西暦勝海舟坂本龍馬西郷隆盛
1823年江戸(東京)にて生まれる(0歳)
1828年薩摩国(鹿児島)に生まれる(0歳)
1835年土佐(高知県)に生まれる(0歳)
1835年土佐(高知県)に生まれる(0歳)
1838年勝家の家督を継ぐ(15歳)
1853年黒船来航に対して、幕府に海防の意見書を提出する(30歳)剣術修行のため江戸に行き、北辰一刀流を千葉道場にて学ぶ(19歳)
1853年黒船来航に対して、幕府に海防の意見書を提出する(30歳)剣術修行のため江戸に行き、北辰一刀流を千葉道場にて学ぶ(19歳)
1854年薩摩藩主、島津斉彬に仕える(26歳)
1855年長崎海軍伝習所で蘭学や航海術を学ぶ。先生も兼任(32歳)
1858年薩摩藩主島津斉彬と交流あり(35歳)
1860年蒸気船、咸臨丸(かんりんまる)でアメリカへ渡る。(37歳)
1861年土佐勤王党に入党する(27歳)
1861年土佐勤王党に入党する(27歳)
1862年坂本龍馬を弟子にとる(39歳)土佐藩を脱藩し、勝海舟の弟子になる。勝を日の本第一の人物と称えている(28歳)
1862年坂本龍馬を弟子にとる(39歳)土佐藩を脱藩し、勝海舟の弟子になる。勝を日の本第一の人物と称えている(28歳)
1863年神戸海軍操練所を設立する(40歳)神戸海軍操練所に参画する(29歳)
1863年神戸海軍操練所を設立する(40歳)神戸海軍操練所に参画する(29歳)
1864年禁門の変が起こり、薩摩郡を率いて長州藩(山口県)と戦い勝利する(36歳)
1865年西郷隆盛と大阪で出会う(42歳)薩摩藩の援助で亀山社中(貿易会社)を設立(31歳)勝海舟と大阪で出会う。勝にひどく惚れる(37歳)
1865年西郷隆盛と大阪で出会う(42歳)薩摩藩の援助で亀山社中(貿易会社)を設立(31歳)勝海舟と大阪で出会う。勝にひどく惚れる(37歳)
1866年薩摩藩と長州藩を仲直りさせて薩長同盟を結ばせる(32歳)坂本龍馬の仲介で薩長同盟を結ぶ(38歳)
1866年薩摩藩と長州藩を仲直りさせて薩長同盟を結ばせる(32歳)坂本龍馬の仲介で薩長同盟を結ぶ(38歳)
1867年亀山社中を海援隊に改名、船中八策策定。京都で暗殺される(33歳)
1867年亀山社中を海援隊に改名、船中八策策定。京都で暗殺される(33歳)
1868年明治の始まり!「新しい日本」西郷隆盛との交渉で江戸城無血開城成立(45歳)勝海舟と交渉して江戸城無血開城を成立(40歳)
1871年岩倉使節団が欧米視察に行っている間の明治政府を任される(43歳)
1872年海軍卿(明治政府の役職)に任命される(49歳)
1873年征韓論で大久保利通に破れ、政府を辞め鹿児島に戻る(45歳)
1877年西南戦争で破れ鹿児島城山で自害(49歳)
1886年徳川家墓地の管理と旧幕臣援助を定めた酬恩義会設立(63歳)
1892年徳川慶喜の十男を養子に迎い入れる(69歳)
1899年赤坂の自宅で脳溢血で倒れ死去「コレデオシマイ」が最後の言葉(76歳)
皆、1868年の江戸城無血開城による明治維新スタートを目指したわけです!
三人が幕末から明治にかけての日本の夜明けに尽力していたことが伺いしれますね!

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