日本最初の商社は優秀な人材の宝庫!「亀山社中」後の「海援隊」です!

引用:http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/jp/

坂本龍馬が初代隊長を務め、世界経済に打って出る夢を抱いた歴史的グループです!

 

坂本龍馬死後、「土佐商会」としてあとを継いだ「岩崎弥太郎」は

日本の経済の基礎を作ったと言っても過言ではない三菱財閥・日本郵船の創始者となります。

 

日本の経済の歴史に燦然と輝くこの団体のことを見てみましょう!

亀山社中とは?

引用:wikipedia

亀山社中とは何だったのでしょうか?

名前の意味は?

亀山は地名です。社中は意味は仲間や結社っていう意味です。

亀山の結社ですね!

設立者は?

坂本龍馬です!

坂本龍馬は、土佐藩出身で、後脱藩、勝海舟が仕切る神戸海軍操練所の塾頭を務めていたりしました。

操練所が閉鎖になった後、長崎にて日本初の商社と呼ばれる「亀山社中」を設立したのでした。

設立には多大な資金が必要ですが、地元の豪商がお金を出してくれています。それは、坂本龍馬の人徳であるとしか言えません!

参照:薩長同盟の内容をわかりやすく図で解説!坂本龍馬は何をした?

メンバーは?

すごい優秀なメンバーが揃っています!

ざーーっと羅列しますと、

陸奥宗光(後の外務大臣)、大浦慶(後の日本茶輸出貿易の先駆者)、山本洪堂(後の大坂精神病院院長)、関義臣(後の山形県知事)

中島信行(初代衆議院議長)、野村辰太郎(初代茨城県令)、坂本直(坂本龍馬家を継ぐ)、石田英吉(千葉県知事、農商務次官)、長岡謙吉(二代目隊長、三河県知事)

などなど!

これだけのメンバーが集っていたとは!これも坂本龍馬の人徳の為せる技!

引用:wikipedia

目的は?

坂本龍馬の夢です。

長州藩と薩摩藩とを結ぶ一役を担う事。

貿易をすること。

海軍の設立。

ですね!

亀山社中がやったこと?

亀山社中がやったことで最大の功績は、長州藩のために、薩摩藩の名義で大量の小銃や、蒸気船ユニオン号を購入し、そしてそれを運搬したことです!

(長州藩は、幕府から戦争を仕掛けられていましたが、度重なる戦争で戦う武器がかなり少なくなっていました。)

逆に、長州からは米を薩摩に運搬しました。(薩摩は米があまり獲れないので、このことはお互いの利にかなっていました)

このことで、長州藩と薩摩藩との溝がかなり縮まることにつながるのです!

背景は?

外国からの脅威にさらされていた日本がそれに対抗できるために、国を強くすることが緊急課題でしたので、

そのために力を持つ長州藩と薩摩藩が手を組むことが最優先と坂本龍馬は考えていました。

しかし、その長州藩と薩摩藩が仲が悪かったのです。

(何故仲が悪かったか?これは複雑ですが、一言で言うと、幕府に嫌われた長州と幕府側にいた薩摩とがはじめのうちは戦っていたのです。

その後、薩摩は幕府と決別し離れ、新しい日本を作るには長州と手を組むことが必要と坂本龍馬たちの尽力で変化していくのです。

参照:中岡慎太郎と坂本龍馬の功績は?近江屋での最後!子孫は?)

結果は?

武器が長州藩に届いたことは、かなりの効果がありました。

口だけでなく、信じるものは行動ですね!

そして、薩摩の西郷隆盛と長州の桂小五郎との間に、薩長同盟が酌み交わされ、

その後の幕府と長州との戦いでは、

購入した武器達のおかげで、幕府軍をコテンパンにやっつけることに成功しました。

すっばらしい!坂本龍馬さまさまです!

参照:桂小五郎(木戸孝允)とは?イケメンで剣豪で大政治家!

坂本龍馬亡き後土佐商会へ!

長州征伐が終わると、亀山社中は海援隊と名を変え、かたち上、土佐藩(高知県)に付属する機関として海軍、会社、学校と多様な機能を持つ団体として

存続していきました。

しかし、坂本龍馬が近江屋で暗殺されると、海援隊も求心力を失い、最終的には土佐藩から「海援隊」としては解散させられ、その後を引き継いだ

のが、岩崎弥太郎で「土佐商会」として発展させていくことになるのです。

この「土佐商会」が後の三菱商事や日本郵船に発展していくのですが、「すごい」の一言です。

参照:幕末偉人・志士ランキング!江戸時代後期の人物の功績と名言!

亀山社中の現在

現在は亀山社中記念館として再現しています。

基本情報

営業時間・・・9時~17時

料金・・・300円

地図

 

最後に!

長崎の地から、世界を見つめていた坂本龍馬たち!

その第一歩に「薩長同盟」があったのでしょう。

もしも凶刃に倒れず、志を完徹したら、三菱商事ではなく、〇〇商事が日本と世界との貿易に多大な影響を与えていたのかも知れませんね!たっのしい!