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「ちょんまげ」

なんか可愛らしい響きですね!

武士のヘアースタイルのことです。

なかなか不思議な髪型だと現代の感覚では思います。

お相撲さんがその伝統を守っていますが、いろいろ謎が多いです。

 

なんで、ちょんまげというのか?

いつからこの髪型が始まったのか?

どんな風に結っているのか?

外国人にはこの髪型は見られないよなあ?とか。

 

今回は、そんな謎多き、日本人特有の髪型、「ちょんまげ」について

見てみたいと思います!

ちょんまげとは?

調べてみると、「江戸時代の老人が結う男髷(まげ)」とあります。

 

漢字で書いてさらに分解してみましょう。

 

ちょんまげを漢字で書くと、「丁髷」と書きます。

 

このうち「丁」は「小ぶり(ゝ)」という意味で、

「髷」とは、「髪をまとめて折り曲げた部分」のことを言います。

 

直訳すると、「小ぶりな髪をまとめて折り曲げた部分」となります。

 

つまりは、髪が少ない人の髪をまとめた部分のことを「丁髷」というわけです。

そして髪が少ない老人の髷を「ちょんまげ」といったのでした。

 

また、「丁」をなぜ「ちょん」と呼ぶのかに関しては、

ちょん(ゝ)の字の形が髷の形に似ていることから来ていると言われています。

 

ちなみに、髪が少なくない人が髪をまとめた部分のことは普通に「髷」と言います。

だいたいわかりました。

 

では、なぜ、頭のてっぺんの髪がないのでしょう?

頭のてっぺんの髪がない理由は?

これは、戦の時に、武士たちは兜を被りました。

この兜は長時間かぶっていると、どんどん蒸れてきて、どうにも気持ち悪いし、苦痛で

臭うし、良くない。

ってことから、それでは、髪を抜いてしまおう!ってことから始まりました。

これを、「月代(さかやき)」って言います。

またまた、???の言葉が出てきました。

さかやきってどういう意味でしょう?

月代って?

月代とは前述したように、兜をかぶった時に蒸れないように、頭髪を抜いて(剃って)

しまうことでした。

由来は、「逆息(さかいき)」が変化して、さかやきとなったようです。

つまりは、兜をかぶると、熱気で気が立ってしまう(のぼせてしまう)ので、その熱気を抜くた

めに、髪を抜く(剃る)ことで、息が抜ける(逆さに息が抜ける)ことから

「さかやき」と呼ぶようになったのです。

 

漢字に関しては、抜いた(剃った)後が、月のような形だったためです。

これはそのまんまですね。

月代の歴史

ちなみに月代は、平安時代の公家が烏帽子をかぶる時に髪を見えないようにするために

多少はじめられていたようで、その後、武士たちの兜をかぶるようになり、月代が定着。

 

その後の武士たちも戦の髪を抜いていたみたいで、相当痛い思いをしながら戦準備をされていた

のではないでしょうか?

 

考えただけでも痛々しいです。

戦が終わると髪を伸ばしていたようですが、戦国の世になって、戦が常態化すると、

髪を剃るようになり、常に月代の状態を維持するようになりました。

ちょっと痛みから開放ですね。

 

江戸時代になると兜もかぶらなくなるので、本来の意味は薄れ、

美しいという理由で、ファッションとして髷を結うようになっていきます。

 

しかし江戸時代を一世風靡した髷も、今は髷を結う人は力士など限られます。

なぜ廃れたのでしょうか?

髷が廃れた理由

1、明治4年に発せられた、「断髪令」は、髪型を自由にして良いという法令です。

これにより、かなりの人が散髪し、西洋風の髪型になっていきました。

2,不衛生、不経済、安眠がとれないという理由から、大正までにはほぼ髷の人はいなくなります。

時代の流れですね!

 

ところで、髷にはいろいろな種類があるようです。

見てみましょう。

髷の種類

どのくらいの種類があったのでしょうか?

幕末辺りには、280種類ほどあったと言われています。

何人か、見てみましょう!

 

戦国武将尼子家家臣・山中鹿介

山中鹿介

引用:wikipedia

後ろで丸く髷を結っていますね。

二つ折りという髷の結い方でしょう。

室町時代に良くあったパターンです。

織田信長

織田信長

この織田信長の髪は、茶筅髷ですね。

髪をまとめた先が茶筅(抹茶をたてる時に使う茶道具)に似ているところから

名付けられた髷です。

なかなかかっこいいですね!

 

関ケ原の戦い西軍リーダー・石田三成

石田三成

引用:wikipedia

江戸時代であれば、丁髷と呼ばれていたでしょうね。

少しだけ髷を結っているように見えます。

戦国時代も末期の髪型です。

 

江戸無血開城の立役者・山岡鉄舟

山岡鉄舟

引用:wikipedia

かなり美しい髷ですね。

江戸時代の写真です。

講武所風と本多を併せたタイプ?

維新十傑の公家・岩倉具視

それでは、髷があるのとないのを比べて見ましょう。

 

髷があるバージョン

真ん中のお人が岩倉具視です。

なにか違和感がありますねえ。

室町時代の片わなというバージョンでしょうか?

髷がないバージョン!

岩倉具視

引用:wikipedia

髷を断髪して、西洋風になった岩倉具視のビフォーアフターです。

だいぶ雰囲気違いますね。

髷は、日本人の魂だ!と言って、西洋に髷のまま行ったのですが、

流石に子供に説得されて断髪したのでした。

 

まとめ

ちょんまげについて見てまいりました。

さらに兜をかぶった時に蒸れないように髪を抜いたり剃ったりし、その余った髪を

結うところから髷が始まったとのこと。

ちょんは、少ないって意味で、少ない髪をまとめた部分っていうのがちょんまげの直訳でした。

 

種類も様々あって、時代によって変化していったようで、幕末には280種類あったようです。

江戸時代にはファッションとして髷が流行ったと言いますから、時代によって、

流行っていうのは大きく変わるんだなって思いました。

 

現代の流行も150年後には、全く違ったものになっているんでしょうね!