戦国時代をこよなく愛する激務ファミレス店長、南昌幸がお届けする

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戦国時代の武将は普段の日常をどのように生活していたのでしょうか?

 

今回は、東北地方を治めた仙台藩初代藩主「伊達政宗公」の普段の

一日を追ってみたいと思います!

伊達政宗公って?

伊達政宗

伊達政宗公をあまり知らない方に簡単にご説明させていただこうと思います!

生年月日:永禄10年8月3日(1567年9月5日)

 

血液型:B型

 

隻眼:天然痘を患い右目を失いました

 

刀:収集家

 

趣味:煙草、茶道、能、香道、書道と多彩ですしすべて一級の腕前。

 

生まれた場所:出羽国米沢城

 

幼名:梵天丸(ぼんてんまる)なかなか趣のある名前ですね!

 

正室:愛姫 (13歳の時に結婚しています。中学生2年生!)

 

初陣:15歳の時、隣接する戦国大名・相馬氏と(高校1年生で!)

 

家督相続:18歳の時(大学1年で知事です!)

 

父親の死:敵に拉致された父親を敵ごと射殺(戦国を生き抜くためには仕方なかった、、、)

 

人取橋の戦い:九死に一生を得た敗戦。老臣・鬼庭左月斎の捨て身の防戦によって退却に成功(強運の持ち主!)

 

豊臣秀吉公の惣無事令(私戦禁止令):この命令を無視して戦争をし続け領土を拡大。現在の福島、宮城、山形。

 

豊臣秀吉公の天下統一:北条氏を攻める圧倒的兵力を持つ豊臣秀吉公への服属を決める。(遅刻魔でした)

 

毒殺未遂事件:実の母親と母が愛した実の弟により毒殺されそうになるが失敗。弟を成敗する。(強運の持ち主)

 

朝鮮出兵:従軍時に伊達家の部隊にあつらえさせた戦装束は非常に絢爛豪華で「伊達者」の語源となる

 

関ケ原の戦い:西軍上杉家の直江兼続公(関ケ原の戦いを画策した)と争う。北の関ケ原の戦いとも言える。

 

仙台藩誕生:1601年62万石仙台藩の初代藩主となる

 

大阪の陣:慶長20年の大坂の陣道明寺の戦いでは豊臣方の有料武将、後藤基次を自刃に追い込む。

その後の誉田村の戦いでは消極的で、豊臣方真田幸村公に「関東勢百万と候えど、漢たるは一人も無きに見えにし候」と嘲笑される。

 

死去:70歳で食道がんで亡くなる。

参考までに→伊達政宗公は自由で天才肌の「ペガサス」攻略法を伝授

そんな伊達政宗公ですが、早速その一日を追ってみましょう!

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伊達政宗公の一日

午前6時起床起きたらまず髪を束ねて洗面所へ行く。

その後、戻ってキセルで煙草を楽しむ。

午前6時30分閑所予定の確認や、部下への指示を考えるなどの準備をした。
午前8時30分行水水屋で行水を行なう。常に清潔を心がけた。
午前8時45分髪結い寝間着の小袖から、外向きの小袖に着替え、足袋を履く。

髪を結わせている間にも部下へ指示を与える。

午前9時朝食表座敷にて朝食を摂る。家来数人と共に食した。

食事中は正座。食事後はお茶や菓子をつまみながら談笑。

煙草を一服する。

午前11時政務領国内の政務や決済、外交業務などを行なう。
午後2時おやつ昼八つに食べた事から「おやつ」と呼ばれる。

昼食はなかった。煙草を楽しむ。

午後3時閑所その日の業務チェック。翌日の予定、準備を行なう。

夕食の献立チェックも行う。

午後5時行水夕方も水屋で行水を行う。その日の汗を流した。
午後6時夕食奥の居間で食べる。朝食同様、指名した家来と数人で食べる

お茶を飲み、煙草を楽しむ

午後8時就寝寝る前に閑所で歌集などを見ていたことも?

お茶を飲み、煙草を楽しみ寝る

こうしてみると、とても無駄のない、整然とした生活が行われていたようです。

早寝早起きですよね~。電気がないから必然的にそうなるのかな?

 

趣味は煙草だったようですね!唐皮(虎の毛皮)の上で吸っていたようです。派手ですね!

 

きちんと仕事もこなしていて流石です!合間に稽古なども

まとめ

米沢に生まれた伊達政宗公は、戦国の世を勝ち抜き、仙台藩の藩祖となりました。

そんな伊達政宗公の日常をご紹介しました。

戦争がない日々は、領地を治めるための公務をしっかりおこなわれていたのです!

 

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