安土城!!どん!

6階建ての大きな城!

織田信長が、1567年に、丹羽長秀を総奉行に、3年後に完成させた、天下布武を象徴する

城です。他の城にはない、豪華な天主が特徴的です。

しかし、天下を象徴する安土城も、築城後まもなく落雷(放火説も?)により焼失してしまう、幻の城でもあります。

そんな安土城の跡地を探索してきましたので、見るポイントも含め見てみたいと思います。

安土城探索

アクセス

安土城へ行くならば、レンタサイクルがおすすめです。(徒歩で20分くらいなので歩くのもまた良いでしょう)

安土駅前レンタサイクルたかしまさんなどちょっと割高かも知れませんが親切です!

車ならば、駐車場(510円)あります。

 

もし近江八幡も観光される方は、

近江八幡駅前でレンタサイクルを借りると安土城と一緒に近江八幡も探索することが出来ますのでおすすめです。

翌朝10時まで返しで500円。これは借りでしょう!

※オススメは「駅リンくん近江八幡店」です。6時30分から23時まで営業している点が最高!

パンクしても修理代かからず!リーズナブルです

公式HP→https://www.ekiren.com/ekirinkun

 

 

安土城を目指す前によりたい場所が2つあります。

安土城に行く前に寄りたい場所1安土城郭資料館

まず寄った場所は安土城郭資料館です。

安土城郭資料館

200円払って中へ。

見所は、DVDですね。

安土城の内部をしっかりと説明してくれます。

各階の部屋の使いみちなど知れてなんか得した気分!

また、4階の吹き抜け部分には舞台があり、ここで信長が『敦盛』を舞っていたかと思うとドキドキしちゃいます!

参照:織田信長公の最高の舞は「幸若舞」の「敦盛」私はこう感じた!

また、安土城が火事で焼けたのは中の吹き抜けのせいだと言われています。

そのため、どこぞのデパートでは吹き抜けを作らないようにしたとの言い伝えがあるようです。

100名城スタンプもありますので集めている方はお忘れなく!

観音寺城のスタンプも一緒に押せますよ!

あと、地元の方情報で、安土城下の家の壁に書いてある「水」という謎の文字は火除だそうです!

火除

火が一度ついたら、消防の機能がない時代ですから、

もう焼ききるまで誰にも止められませんでした。

なのでこのような呪いをかけるしかなかったのです。(安土城は結果、焼失してしまいますが)

安土城へ行く前に寄りたい場所2信長の館へ

次、自転車をかっ飛ばして信長の館へ!安土城までの時間がないのでちょっと急ぎ目に!

自販機で600円払って中に入ると、そこには安土城の天主のてっぺんがどーーーんと出迎えてくれました!

これはなんて豪華な作りなのでしょう!眩しすぎます!!くらくらしますーーー。

3人くらいの女性が館内にいて働いていました。お客は私の他に1人いました。

内部も展示されていて、先程の城郭資料館の知識と併せて想像が膨らみますね。

そしてシュミレーションムービーがやっていたので見ました。【この先ちょっとネタバレ

安土城の大工棟梁を担当した岡部又右衛門が、ポルトガルのカトリック宣教師ルイス・フロイスを信長のところま

で案内しながら安土城を紹介するというフィクションストーリー。

当時の安土城の様子がスゴック伝わってきました。(山全体が白塀で囲まれていたかは疑問ですが、もしそうなら姫路城みたいな荘厳な城に見えました)

特に、その年の盂蘭盆会は、篝火が煌々と輝き、織田信長の力をまざまざと見せつけるような

盛大なイベントとなったのをシュミレーション映像で見て、引きずり込まれました。うっとりです!

また、武田家を滅ぼした跡、德川家康を安土城に招いた時に出た料理が展示されていました。

参照:織田信長公が安土城で徳川家康公をもてなした料理「おちつき膳」とは?

この強烈なイメージを頭の中に描きながら、安土城跡を目指します。

(100名城スタンプはここでも押せます)

ちょっと時間が押していたので田んぼの中を、湖の強風に煽られながらかっ飛ばしました。

安土城跡

ついに来ました安土城!

私の心はすでに戦国の世にタイムスリップ状態です。

逸る気持ちを抑えながら入り口に向かいます!

昔は、石垣の上に白い塀があったんだと思うとうっとりします。

しかし、入口まで行くと、ちょっと閉山時間(16時)を5分過ぎていて、閉まっていました。

(開城時間が17時となっていますが、入れるリミットは16時です!)

「おーーーのーーーー!」私は必死に開けてもらうようにお願いをしました。

なんとか17時までに戻って来ることを条件に入れてくれました、、、。危ない危ない。

700円払って中にGO!

早速、岡部又右衛門が作った、そしてルイス・フロイスも登った(信長の館の映像の中で)

階段を登ります!というか走ります!

この大手道の両側には、羽柴秀吉、前田利家、などの錚々たるメンバーの屋敷があったようで、

感慨深く道を進みました。

(元々この道は、天皇をお迎えするための道で、普段は使われていなかったようです。)

参照:豊臣秀吉についてまとめ!天下統一した人物像に迫る!

途中振り返り、ルイス・フロイスも振り返ったと思われるところで立ち止まってみました。

両脇に屋敷が立ち並んでいたとすれば、結構豪華な景色だったんだろうなって思います。

そして、石垣を使って本格的に作り始めた初期の城とも言えます。

下の石垣たちは、伝説の石積み職人集団穴太衆(おそらく)によるものです。

一見まとまりがなさそうに見えますが、少し石が落ちても石垣自体が崩れないようにできているとのこと。

秘伝の技術だそうです。荒々しくて私は好きです!

 

さらに登っていくと、森蘭丸の屋敷跡。

たまには蘭丸に会いに、信長は通ったのでしょうかね?

信長廟を通り、黒金門跡を通り、本丸御殿跡を通り、天主台跡へ!

豊臣秀吉が織田信長の遺品を祀り建立しました。

織田信長の無念が聴こえてきそうです。

さぞ立派な門が建っていたのでしょう!

ここには天皇が来られた時の御殿があったようです。

京都御所の清涼殿と酷似した建物だったと言われています。

が、結局天皇がお越しになることはなかったようです。ちょっぴり悲しい、、。

まさに政治的な意図を持った城と言えましょう。

天主台跡です。意外と地下の部分はそれほど大きくはないんだなって感じました。

しかし、建物はその周りに建っていたので、そう考えると大きな建物だったのでしょう。

天主台からの眺望です。

天主最上階は30メートルくらいと言いますから、そこからの眺めはさぞかし

最高だったのでしょう!(当時は田んぼではなく琵琶湖が一面に見えていたはずです)

信長はこの天主に実際に住んでいたんだと思うと、ドキドキが止まりません。

(山を登ってドキドキしているせいもあるかも?!)

天主上から琵琶湖を見てみたい!是非復興してもらいたいです。

途中、摠見寺の三重塔が修理中でしたが、ちらっと見える瓦を激写しました!

気合が入ったお顔ですね!

摠見寺の門はこちらです。

城内にキチンとした寺が入っている城は後にも先にも安土城だけだったようです。

そう考えると、安土城は、結構オリジナルな城と言えましょう。

高層天主の先駆けでかつ石垣の上に天主を建て

、戦を想定するよりも、豪華にして目立たせることで織田家の権威を見せつける城作りを

した、天下統一を目前にした信長の自信の表れとも言えましょう。

 

最後は、時間がなく、駆け抜けて17時に間に合いました。「セーフ」

時間にして、40分くらいで回りました。

軽いハイキングと言えますね。

基本情報

今回廻った場所の基本情報を載せておきます

安土城郭資料館

開館時間→9時~17時(入館16時30分)

休館日→月曜と年末年始(12月28日~1月4日)

料金→200円

安土城天主 信長の館

開館時間→9時~17時(入館16時30分)

休館日→月曜(祝日除く)と休日の翌日(土日除く)と年末年始(12月28日~1月4日)

料金→600円

安土城跡

開山時間→8時30分~17時(入山は16時まで)時間には注意!

入山料→700円

駐車料金510円

※ペットは持ち込めません

地図

最後に

天下統一を目前に本能寺の変で自害せざるを得なかった織田信長。

彼が、天下へ威厳を大いに発した城、安土城を見てみました。

私は、まず、安土駅で安土の看板を見たときから心躍りましたが、城跡を見てさらに興奮しました。

是非皆様にもこの歴史的跡地とその前に資料館などで知識を得てから見ていただきたいと思います。

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